城陽市(京都府)の中学校の男性教員が、2年生の男子生徒をパチンコ店に連れて行き遊ばせていた。パチンコ店まで、車で生徒を「送迎」していたという。
教員の言い分は…
生徒から、「なあ、連れてってえな」と、何度もせがまれていた。この生徒は授業に入れないなど学校生活に問題を抱えていた。しかし、自分にだけは心を開き信頼してくれていた。生徒の思いを受け止めてやらないと、指導ができなくなるので、悪いと分かっていたが、パチンコ店に連れて行った…
生徒の心に寄り添う指導をした、まれに見る立派な教員です。法を犯しはしたが、将来ある生徒のためには、いたしかたないところ。「ダメ!」と切るのは誰でも出来る簡単なこと。パチンコ屋へ送迎するという重大なリスクを伴う選択をしたこの教員は教員の鏡である。
本気かって?本気な分けないでしょう!しかし、1%程度は同情出来ます。
この種の事件の場合、批判して退職に追い込むことは簡単。このパチンコ教員の場合、あまりにも稚拙ではあるが、「何とかしなければ」という気持ちがあったというところが、1%の同情部分。口先では、「生徒の心に寄り添って」と、歯の浮くようなセリフを吐いてはいるが、実際は200%自分のことしか考えていない教員がいかに多いことか。
では、あらためて、ことの経緯と、どうすればよかったのかをみてみよう。(←ここは、「なんでも鑑定団」のナレーション風に読んでください)
生徒は授業に入れない子だった…これは、某精神科医が抽象的な言い回して、述べているような生やさしい問題ではない。現場を知らずに、よくもまあ学校批判をするモノだと感心しますよ。怒ってるなって?怒ってますよ。私の説にイチャモンをつけましたから!反論しなかったのかって?某精神科医をヘッドロックしかけたところで周囲に止められてしまって…。奴さん、精神科医のくせに、180センチを越える大男。しかし、昔から相撲なら私のほうが強かった。
閑話休題。授業に入れない子をどうするかですが、中2ですから、およそ14年間かけて、現在の状況が作り出されているわけです。それを2~3年で何とかするのはどだい無理。精神科医でも無理。14年かけると、何とかなるかな。それぐらいの気持ちで指導しなければなりません。
パチンコ教諭にだけは、心を開き信頼を寄せていた…これは重要なポイントです。教諭は、そう受け止めていた。生徒は、「コイツは楽勝だな。心を開いているふりをすれば、パチンコへ行けるぞ」と、思っていたかも知れない。生徒の打算の種類に関係なく、教員の心に入り込んだというところが重要。ここで、教員に余裕さえあれば、「朝三暮四」を繰り返しながら、よい方向へ導くことが出来たかも知れません。
パチンコへ連れて行かなければ、指導ができなくなる…教員がこのような考えでは要求はエスカレートしていきます。「なあ、スマホ買ってえな」「なあ、バイク買ってえな」「なあ、LFA買ってえな」…。では、どうすればよかったか?「パチンコはダメダが、釣り堀へ行ってみないか?」「嵐山のほうへドライブしないか?」…興味をパチンコから引き離すことはできたと思います。
で、この中学生、パチンコで儲かったのか?簡単に負けてばかりだった様子。パチンコ教員が、生徒を連れてパチンコ屋へ行ったのに、パチンコ必勝法を教えなかったというのも片手落ち。生徒の心を掴むことには(一時的に)成功したかも知れませんが、パチンコ玉の掴み方も指導しなければ。おっと、パチンコ店は風営法により、18歳未満の入場は禁止でした。
問題を抱えた生徒を前にして、「何も出来ない、何も言えない」教員が多い中、間違ってはいるが、一歩踏み出したという点で、100%否定は出来ないかと。
教員の言い分は…
生徒から、「なあ、連れてってえな」と、何度もせがまれていた。この生徒は授業に入れないなど学校生活に問題を抱えていた。しかし、自分にだけは心を開き信頼してくれていた。生徒の思いを受け止めてやらないと、指導ができなくなるので、悪いと分かっていたが、パチンコ店に連れて行った…
生徒の心に寄り添う指導をした、まれに見る立派な教員です。法を犯しはしたが、将来ある生徒のためには、いたしかたないところ。「ダメ!」と切るのは誰でも出来る簡単なこと。パチンコ屋へ送迎するという重大なリスクを伴う選択をしたこの教員は教員の鏡である。
本気かって?本気な分けないでしょう!しかし、1%程度は同情出来ます。
この種の事件の場合、批判して退職に追い込むことは簡単。このパチンコ教員の場合、あまりにも稚拙ではあるが、「何とかしなければ」という気持ちがあったというところが、1%の同情部分。口先では、「生徒の心に寄り添って」と、歯の浮くようなセリフを吐いてはいるが、実際は200%自分のことしか考えていない教員がいかに多いことか。
では、あらためて、ことの経緯と、どうすればよかったのかをみてみよう。(←ここは、「なんでも鑑定団」のナレーション風に読んでください)
生徒は授業に入れない子だった…これは、某精神科医が抽象的な言い回して、述べているような生やさしい問題ではない。現場を知らずに、よくもまあ学校批判をするモノだと感心しますよ。怒ってるなって?怒ってますよ。私の説にイチャモンをつけましたから!反論しなかったのかって?某精神科医をヘッドロックしかけたところで周囲に止められてしまって…。奴さん、精神科医のくせに、180センチを越える大男。しかし、昔から相撲なら私のほうが強かった。
閑話休題。授業に入れない子をどうするかですが、中2ですから、およそ14年間かけて、現在の状況が作り出されているわけです。それを2~3年で何とかするのはどだい無理。精神科医でも無理。14年かけると、何とかなるかな。それぐらいの気持ちで指導しなければなりません。
パチンコ教諭にだけは、心を開き信頼を寄せていた…これは重要なポイントです。教諭は、そう受け止めていた。生徒は、「コイツは楽勝だな。心を開いているふりをすれば、パチンコへ行けるぞ」と、思っていたかも知れない。生徒の打算の種類に関係なく、教員の心に入り込んだというところが重要。ここで、教員に余裕さえあれば、「朝三暮四」を繰り返しながら、よい方向へ導くことが出来たかも知れません。
パチンコへ連れて行かなければ、指導ができなくなる…教員がこのような考えでは要求はエスカレートしていきます。「なあ、スマホ買ってえな」「なあ、バイク買ってえな」「なあ、LFA買ってえな」…。では、どうすればよかったか?「パチンコはダメダが、釣り堀へ行ってみないか?」「嵐山のほうへドライブしないか?」…興味をパチンコから引き離すことはできたと思います。
で、この中学生、パチンコで儲かったのか?簡単に負けてばかりだった様子。パチンコ教員が、生徒を連れてパチンコ屋へ行ったのに、パチンコ必勝法を教えなかったというのも片手落ち。生徒の心を掴むことには(一時的に)成功したかも知れませんが、パチンコ玉の掴み方も指導しなければ。おっと、パチンコ店は風営法により、18歳未満の入場は禁止でした。
問題を抱えた生徒を前にして、「何も出来ない、何も言えない」教員が多い中、間違ってはいるが、一歩踏み出したという点で、100%否定は出来ないかと。