久々に涼しくて、朝 道端でみかけた
アジサイの葉っぱ、
完全に垂直に下を向いて
へなってたのに、
夕方には直角に葉っぱがひろがっていました。
まさに、メグミの雨ですね。
さて、次男がNZから帰国してから気がついたことがありました。
ほとんどの友達が
英語どれぐらいはなせるようになったーー
って聞くらしく、
その都度、困ってしまったとのこと。
実際には生活も仕事も一般人としてこなしてきたわけだから
結構話せるようになってましたが、
だが、しかし、
確かに、彼らの前で英語で話しても
なんか、違和感ありで、自慢的
うまく言えないけど、伝達の手段としての
ことばではなくて、能力の判断をするみたいな
ことばに変わってしまう、
だから、話せないんだろうか。
人間ってエネルギーが低い方に流れるようになっていて、
もし、その仲間達の中で、日本語が一番通じる関係性であれば、
そこにあえて、高いエネルギーを使って、
つまり頑張って、
英語で
互いに話そうとしても、結局はラクな日本語になってしまうんだよね。
ところが、その仲間の中に、一人、英語しかわからない人が入ってくると
その人に焦点があたり、共通語が英語になってくる。
それは伝達の手段としての言語になるから。
そんなわけで、 親しい近所の友達関係で、イキナリ英語話せよ!
って言われても、難しいんだと思う。
で、そんなこんなしているうちにあっという間に
英語力は落ちていくのです。
できるだけ親子の会話を英語にと
思っていますが、今更、なかなか、頑張って話さないと
疲れるし・・・・で結局フツーに日本語で話すわけです。
ということで、日本いて、英語力をキープするには、
自分の話す英語を当たり前に受け止めてくれる
環境が大事なんですよね。
どんなに、個人の努力で、話せるようになっても
会話ですから、相手がいないと成り立たない。
自分のことばを受け止めてくれる
仲間、環境があることが、
当たり前ですが
今更、大事なんだなと感じている今日この頃です。
ヒッポの場で、受け止めてくれる環境があることは
ありがたいことであり、
この環境が、わざわざヒッポに行かなくても、
町で、スーパーで、電車で
なんて、身近なところでできたら、楽しいのに。