昨日は全く反応しなかったPCネットが復旧したのでキーボードで打ちます。
僕が修行時代にお世話になった当時麻布十番に在ったファースト・ベイクのサザン桑田さんが似てるというべき社長(桑田氏より年上なので)は今は恵比寿でエポさん似の奥様と元気にお仕事なさっていると息子さんからコメント頂きましまた。
「とんねるず」のノリさんが「食わず嫌い」の番組中に何度かお気に入りの店として話されたのを聞いては懐かしさで一杯になりました。
そんな社長は頻繁に店に講師を招いたり他流試合みたいに店の者達をいろんなパン屋に連れて行き僕達に勉強をさせてくれました。レシピや仕込みのミキシングでは僕の先輩に秒単位で指示していたことが今も印象に残っています。
麻布の店の講習である講師の方が「パン屋は半分だけパンを売りなさい」とおっしゃった言葉が忘れられません。老練の講師は「残りの半分は夢を売りなさい」と続けました。それはかなり難しいことで僕は常に考えてはいるんですがなかなか表現出来ずにいます。
講師は「どんなに頑張ってみたところで所詮、家庭で作る味には敵わない」ともおっしゃいました。「おふくろの味」しかり「子供の作ったモノ」しかりです。
それに「思い出の味」も手ごわいですね。
それらの味のどれにでも入っているスパイスは「思い入れ」だと考えます。
駅の名前は忘れましたがホームから街に出る階段途中のオドリバで母娘とおぼしき二人がバスケットに入れたクロワッサンを売っていたので言葉は通じませんでしたが多分代金には足りると思ったコインを出し買って食べた記憶があります。
想像以上に硬くパサつき日本人の僕には美味しいとは思えませんでしたが都内でもあまり利用した経験が無い地下鉄を乗り継ぎ目的の店でカンパーニュを買い木箱入りクレヨンまで手に入れて再びホテルまで戻れたなんて今考えると奇跡です。僕が泊まっていたホテル最寄り駅の階段途中で僕はコガシタに近い色と食感のクロワッサンを買ったんです。美味しいとは思わなかった・・・にもかかわらず思い出すとホッとした安堵の味が蘇るんです。だから僕の中では「ホッとした味」の一番は座る母の膝の上のバスケットから幼い娘が手渡ししてくれたクロワッサンなんです。
全ての分野を通して一番は難しいような気がします。
日本には沢山の神様がいらして宝船の上には七福神・・・
唯一絶対の世界観を僕はなかなか持てません。
話が長く尾ひれや背びれを付け放題が僕のブログの特徴ですね。
さてここまで来ても本題には入れません。
「忠臣蔵」の浪士達が仇討の後も生きていたらと考えたことありますか?
47人全員が僅かなミスも犯さずに子や孫の代まで「さすが四十七士の子や孫だ」と言われ見られながらの暮らしを想像したことがありますか?
自分は世間の尺度で測るとマトモとは思われそうにありませんから辞退です。
桜は枯れて変色する前に散ってこそ美しい記憶が残るとの考えを聞きました。
僕の雪のイメージは白です。
下町に降る雪は子供達の大好物かも知れません。
けれど数日経つと日の当たらぬ路地の雪は薄汚れ足跡やワダチに造形されて
凹凸は硬く滑りやすく危険と思われることもあります。
雪は白く、白いまま消えたら白い記憶だけが
いつまでも残るのでしょうか?
最強の味は思い入れのタップリ入った思い出の味かも知れません。
お客様の中にも思い出のパンを僕に話される方がいらっしゃいますが
当時の材料を考えると今のほうが・・・ハズなどと
言ってしまいそうになります。
所詮、今は今で現在進行形の現実は思い出とは違いますもんね。
多くの人たちの興味を引き「めちゃX2イケてるッ!」の威力で
パレットのブログは117万を越えるgooブログ中13位にまで
ランクされました。思ってもみませんでしたし信じられない事です。
PCネット開通に乗じて検索してみれば自作からプロのパン屋さんまで
シロワッサン製作記が投稿されていて驚きました。
なるほど皆さん頑張っていらっしゃいますね。
シロワッサンに込めた僕の気持ちの中には「町」があるんです。
僕達の商店街を見て歩いて欲しかった想いがありました。
「こんな処に商店あったの!?」でもいいんです。
とにかく皆で作った「ゆうやけ通り」を歩いて欲しかったんです。
売れるに越した事はないんですが
自分の店だけが売れたらそれでヨイなんて思っちゃいません。
当然ネットを通じて日本全国に販売しクモの糸を登って
自分だけは生き残ろうなんて・・・
生意気書いて申し訳ないような気もするんですが
販売は下町千住の緑町パレット店頭だけで・・・
そう「めちゃ」の人達ともお話したんです。
「しょこたん」のメロン・スカシカシパンでちょっとだけ
パレットを知った人達は増えたかも知れませんが
小さな町の小さなパン屋が一瞬ヤフーネット検索ベスト10入りしたり
日本全国の商店街が抱える共通した問題を多くの人達に
見てもらいオマケに僕は20年ぶりにラケット握って
テニスエルボーになってパンを焼く天板を持ったり
手折りシロワッサンの麺棒握ると右ヒジに激痛感じるマヌケさで
しかも痛快!
う~ん
前説が長すぎるほど長いんですが
ちらほら日本全国のパン屋さんがシロワッサンを焼き売り始めたようです。
僕はそれらを食べてませんのでコメントできませんが
普通のクロワッサンも矢部さんパワーで売れていると聞きました。
桜じゃないんですが
そろそろ僕のパレットでは当初の目的を果たし
テニスエルボーの右ヒジも抱えてしまったことも
次なる依頼の開発期限が迫っている現状を考えると
シロワッサンの販売は今週の土曜日
1月最後の日
1月31日の土曜日をもってシロワッサンの販売を終了したいと思います。
結果的にはシロワッサンを食べた人達だけの思い出の味にして
最強の味になってくれるかも知れないと思ってはいます。
「めちゃ」の人達や町の人達の笑顔や歴史やらの
思い出一杯に詰め込んだ思い出の味にすることが
僕に出来る最終段階の作業です。
我儘勝手でごめんなさい。
でもねパン職人として作り続ける行為も立派だし
逸品や看板商品を生み出し店を繁盛させる経営者も凄いと思いますが
職人として人生に一つくらい自分にとっての
最強の味を持てたならそれも幸せな事のように思います。
今後はイロイロなパン屋さんにシロワッサンと称して
色白なクロワッサンが登場すると思いますが
僕はシロワッサンに関しては「元祖」なんて書いて
いつまでも売り続けたり致しません。
自分 不器用ですから なんて高倉健さんなら似合う台詞ですね。