ただ建築が好きな走るエンジニア、

日系某メーカーを辞めて外資系に転職。資格、建築デザイン、転職と来て今はひたすらす走ってます。2019別大2:49:13。

よく分からないときに速くなれる。

2018-01-20 22:57:39 | 回想
少し力を抜いた時に速く走れるって
書いて思い出したのですが、

中高校生の頃もそんな思いをしたことが
あったなぁと。

走り方そのものではなくて練習に対する
スタンスの話ですが。

小5のマラソン大会でほぼ最下位だったのが
小6でいきなり2位になって中学陸上デビューした話は

どこかでしましたが、
中1で陸上を始めるとそこにはライバルがいました。

小6の最後に成り上がりでいきなり速くなっても
中学校でどのくらい通用するのかは想像付かなかったと思います。

中1の夏の地区予選で1,500m走ってみたら意外と上位だったけど
県大会へ進めるほどではない。タイム4'55くらい。

そのとき4'45くらいで県大会へ進んだ奴が同じ中学に。
やっぱり速い奴はいるんだなぁ~と思う一方で、

県大会くらいなら自分も行けるかも知れないと
秘かに?思いました。

そいつは、成績抜群で陸上トレーニングについて
よく勉強していてみんなの練習メニューを作ってくれました。

私もそれに従うだけ。
競い合うけど、やっぱりいつも2番手。

秋の体育祭1,500mも郡大会3,000mも冬の駅伝、マラソン大会も
いつも2番手。

差は僅か?なのに正直勝てる気がしませんでした。
中2になっても状況は同じ。

そんな中、私は中2の1年間、生徒会の役員になりました。
週に何度かは部活動に出ず、自ずとトレーニング量は減りました。

まぁ、差は縮まるどころか、どんどん開いていく...
ライバルは着実に進んでいく。

当時夏の大会は中1と中2が学年別1,500m、中3が3,000mでした。
郡大会は学年混合で3,000m。

中2秋の郡大会3,000mは10分ちょっとで走っていたと思います。
ライバルは9分台、中3に一人速い先輩がいて私たちは2位、3位。

夏の大会3,000mの県大会標準記録9'40だったので、遠いなぁ~と。
身長の伸びも止まり、練習もボチボチ。

でも生徒会から解放された中3春の記録会でいきなり9'30台???
練習等で予兆はまったくなかったのでビックリ。

そのまま地区予選も順当に抜けて7月初旬の通信陸上県大会で9'15。
全国大会標準9'13には届かなかったけど5着表彰台に立っていました。

ちなみにそのレースの1着は8'40くらいで当時の全中新記録。
3着まで全国大会標準突破するハイレベルレースでした。

今は9分切るくらいじゃないと全国大会行けないみたいですね。
進歩してるんだ。

余談だけど当時は全国大会に行くには指定されたレースで標準記録を
突破するか、誰も突破者がいないときは県1位が選ばれる仕組みでした。

指定レースは通信陸上の他に7月下旬の中学総体県大会があって
もう一回挑戦できたんだけど、それは順位は3着だったけど9'22で沈没。

でも中学総体県大会6着までに入ると東海大会へは行ける、
でも東海大会は指定レースじゃないからそこでのタイムでは全国へは行けない。

複雑な仕組みでした。

その成り上がりの末には県下駅伝トップの高校からスカウトの先生が来たり、
色々とおまけが付きました。

それで将来食っていけるとは思わなかったので普通に勉強して
公立高校へ進学しましたけど。

結局速くなったのは何らかの努力の結果だったとは思うんだけど、
それが何だったのかは未だによく分かってないです。

でも我武者羅の結果ではなさそう。
そういう場面に高校でもう一度出くわすことになります。

ちなみにその中学のライバル(勝手にそう呼んでるけど)は、
その後も走ってて40台後半になった今もサブ45で走っています。

やっぱりちょっと追いつけそうにはないんだよねぇ~










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