午後、炬燵でテレビの高校生駅伝を観ていたおれのところにKが来て、
「Uの歌聴きに行く」
という。
Uの所属するグリークラブがクリスマス・イブに、池袋のホテルメトロポリ
タンのロビーでクリスマスキャロルをうたうことは知っていた。
「正装してないと入れないらしい。ネクタイの締め方教えてくれ」
という。
前にも教えたのに、覚えていないらしい。
女房は、いつものパターンで、テレビの前で眠っている。マラソンとか駅伝
を観るのを楽しみにしているのに、はじまるといつも熟睡している。何度も起
こすが「これがいいのよ」と、寝返りをして、また寝てしまう。
しばらくして、Kのつきあっているガールフレンドが来た。そして二人は出
かけた。
おれは、年賀状をパソコンで書いていた。女房は、駅伝が終わってから映画
「卒業」を観ていた。
「えみさん、Uの歌聴きに行かないか?」
「めんどくさいね。来年行くよ」
「日曜日だってのはいいチャンスだよ。これが平日だったら、おれたち行けな
いよ」
「行ってみよっか。でも、正装じゃないとだめなんでしょ」
「そんなことないと思うな。ホテルったって、ロビーでやるんだよ」
「そうよね。行ってみよう」
こうなると、女房は早い。台所と部屋をざっと片づけはじめた。おれは、イ
ンターネットでまず立教のグリークラブのホームページを見てみた。今日のコ
ンサートのことなにか書いてあるかな、と思ったのだ。定演のことなどが書い
てあったが、今日のことは書いてなかった。ヤフーのホームページに行って、
「メトロポリタンホテル」と打ち込み検索した。場所を知りたかったのだ。し
かし、宿泊予約なんてことはあったが、肝心の場所の案内がなかった。電話番
号をメモし、かけてみた。駅の西口のすぐ近くといわれた。グリークラブの演
奏時間を訊き、正装じゃなくてもいいですよね、と確認した。
「えみさん、6時半からだって、普段着でいいってよ。そうだよな。Kは、し
っかりしているようで、どこか抜けてるときがあるんだよな」
6時15分に池袋に着いた。西武線の改札口の前のコンコースでは、クリス
マスケーキを売っていて、沢山の人がそれを買っていた。歩いている人たちは、
みな華やいでいるように見えた。おれだって、ちょびっとこころが浮いていた。
女房も口数が多かった。ほんの1時間ほど前までは、クリスマスなんてどこ吹
く風、と思っていたのに、息子の歌声を聴きに行くというだけで、こころはク
リスマス・イブだ。
電話で場所を訊いたのに、迷った。もうすっかり埼玉の田舎者です。
6時半に、ホテルメトロポリタンにたどり着いた。
階段に女性が並び、男性は2階だった。Uの姿が見えない。後ろの列にいる
ようだ。「ホワイトクリスマス」がはじまった。
おれと女房は、エスカレーターで2階に行った。うたっているグリーメンの
後ろに行った。Uのうたっている姿を見つけた。歌は、「ジングルベル」にな
った。
おれは、デジカメのシャッターを切る。女房とグリーメンの後ろ姿を一緒に
して写す。女房にカメラを渡し、おれも被写体になった。
女房が、涙を拭いている。おれも、それが出てきそうだった。
だめなんです、おれたちは。息子のことになると、なんでも感激してしまう
のです。
ジョン・レノンの歌になった。
場所をまた移動する。斜め前から見えるところに行った。
「Uがこっち見たよ。わかっちゃったな。怒られるかな」
女房がうれしそうにいう。
「怒るわけないよ。よろこんでるよ」
最後は、「聖夜」だった。
グリーンクラブが引き上げるのを見送って、
「終わっちゃったね」
と女房がいったときに、向こうから、Kとガールフレンドが歩いてきた。K
は両手に白いビニール袋を下げていた。あれはきっとクリスマスケーキだろう。
鼻の下をだらしなく伸ばしていた。
「あれ、来ていたの?」
Kがいう。
「親だもんね」
と女房。
こんなところに家族が4人そろった。グリークラブに入ったUのおかげだ。
昨日仕事をしているときに、まさか、こんな素敵なクリスマス・イブを迎え
られるとは想像もしなかった。
「金はないけど、あんないい息子たちがいる。幸せだよね」
ホテルの近くのドトールコーヒーで180円のコーヒーを飲みながら、女房
がつぶやいた。