所沢は夕方から雨になった。
私の会社は川越のはずれにあり、
会社からの帰りには、
ワイパーを使ってきた。
今日は女房が、
「前の会社の人たちと飲んでくる」
といっていたので、晩メシどうしょうと考えた。
スーパーでなんか買ってこよう、
と昨日から思っていたが、楽家に行くことにした。
近所の居酒屋です。
会社での労働のあと、何もする気がしない。
息子たちのメシのことは考えないことにした。
かってに食べるだろう。
傘を差してとぼとぼ行くと、
カウンターにSさんがいた。
九想話「らくやの花見」でギターを弾いたひとだ。
あとお年寄りの“夫婦”がいた。
私は、楽家に行く目的に、
「Sさんに会いたい」という気持ちがある。
感性が合うひとなんです。
ギター、ケーナの話をした。
九想話のことも話題になった。
「この前、マスターが仕事場に来て
九想庵見せたんですよ」
と、Sさんがいう。
マスターはパソコンをやらないので、
インターネットに無縁のひとです。
そのうち、もう1人客が来た。
ああ…、名前を覚えていない。
そのひとも九想庵の旅人の1人です。
“夫婦”が帰っていった。
かなり飲んでたようだ。
しばらくして、外から緊迫したママの声、
「わるいけど、誰か来て、
**さんが転んじゃって歩けないの」
私たち3人は、急いで店を出た。
さっきの老人が店の外で倒れていた。
右の額をぶつけたようで、血が出ていた。
“夫婦”と思っていたが、1人暮らしの老人らしい。
“奥さん”と思っていた女のひともいた。
Sさんが背負い、私ともう1人が後ろで支えた。
「申し訳ない、もうしわけない」
と老人はいっていた。
目の前の公団に老人は住んでいた。
1階の家の前に来て、Sさんの背中から降りた老人は、
背丈ほどある植木の中にぶらさがっている鍵を取り、
ドアを開けた。
これじゃ、簡単に泥棒に入られてしまうな、
と私は思った。
「ここが1人暮らしの年寄りの部屋です。
みなさん、入って下さい」
と老人が血だらけの顔をしていう。
「消毒する薬ありますか?」私が訊く。
「私がしますから、みなさん大丈夫です」
“奥さん”と私が思い違いしていた女性がいってくれた。
「名前をおしえて下さい」と老人がいう。
私たちは、名のらず楽家に帰った。
私は、自分の老後を見た。
いや、私は女房よりさきに死ぬだろうが、分からない、
私が1人残るかもしれない。
寂しくて近所の居酒屋に飲みに行って、
帰り道で転んで血だらけになり、野垂れ死に。
そんなところか私の末路か…。
マスターにいって、
この前持ってきた、
ウニャ・ラモスのCDをかけてもらう。
居酒屋にフォルクローレ、いいな。