今朝私は4時5分に目が覚めた。
それからトイレに行き、「ラジオ深夜便」を聴いていた。
生命誌研究者中村桂子という女性が話していた。
静かな朝の中、心で頷きながら聴いていた。
5時になり「マイあさ!」が始まった。
今日も畠山アナウンサーがお休みだと、渡辺アナウンサーがいう。
しかし、休む理由はいわなかった。
先週から休んでいる、なぜだか気になる。
私は畠山さんのリスナーに対する心配りが素敵で、毎週土日を楽しみにしていた。
6時40分ごろからのサタデーエッセイは、仲代達矢だった。
今日も楽しい話だった。
今年の無名塾の公演は、「いのちぼうにふろう物語」だという。
9月から能登演劇堂でやると話す。
あ~行きたいな、と思った。
私は、2009年10月に能登演劇堂に行って無名塾の「マクベス」を観た。
あの芝居は素晴らしかった。
2009年10月21日の九想話「無名塾の『マクベス』」
7時35分家を出る。妻が家にいると気が楽だ。
車で大学病院には20分ほどで着く。
こういうふうに書き始めたが、これではあまりにも長くなってしまう。
手短に書きます。
私の今日の診察の予約時間は9時だった。
採尿をすませ4階の泌尿器科の待合室(といっても廊下です)に8時20分からいた。
外来の診察は8時半から始まる。
最初に番号を呼ばれた人がいなくて、私が一番最初の患者になった。
(ああ、だめだ、こんなふうに書いていたら長くなる)
看護師が、「膀胱鏡がまだ来ないので9時20分頃になります」を私にいう。
結局私が膀胱鏡室に入ったのが9時半ぐらいだった。
それから下のものを脱ぎ、膀胱鏡台(という名称でいいのか?)に乗った。
両脚を広げて天井に下半身をさらす。
主治医が来て、麻酔をする。
10分待ってといわれたが15分ほど待たされた。
この時間がキツイ、悪いことしか考えない。
膀胱の中に腫瘍があったら、また手術だ。
去年の11月、膀胱鏡台の上で同じ姿でいたとき、腫瘍がないことを祈っていた。
ところが再発していて腫瘍はあり、そして今年1月に4回目の手術をした。
主治医があわただしくやってきて、膀胱鏡のセッティングをする。
看護師にああだこうだ説明している。
「ここまでやっといてくれよ」とかなんとか。
私の身体に膀胱鏡が入ったのに、ディスプレーの電源が入ってかなった。
「ディスプレーの電源入れてくれよ」と医師がいう。
女性の看護師はあわててスイッチを入れた。
ディスプレーに私の膀胱内が映った。
全体的に赤かった。
「これはBCGで炎症を起こしている赤い色ですから心配ありません」と医師。
「そうですか」と私。
「BCGが働いてますね。がんはありません」
「そうですか。ありがとうございます」
それで膀胱鏡検査は終わった。
台から降りて、紙オムツとジーンズをはいてトイレに行き、待合室にいた。
(私は、外出するときは必ず紙オムツをしている。心配なんです)
私は、心の底からわきあがる喜びの気持ちを味わっていた。
“がんはなかったんだ”
妻とがん友に、がんはなかったことをLINEで書いて送った。
1時間ほど待たされて診察室に入るように呼ばれた。
これからは経過観察になるようです。
次の診察日は8月25日になった。
家の近くのドラッグストアに処方箋を渡して薬を買って、家に帰った。
それから妻と買い物に行った。
ロト6を買いたかったので近くのイイダにした。
ロト6は1000円当たっていた。
以前から食べたかったうなぎを買った。
これまで中国産でいいと思っていたが、めでたい日なので国産のうなぎにした。
今日は、長い間心にわだかまっていた重いものが取れた日です。
今日のところはとりあえずホッとしたが、またいつ再発するか分からない。
そのときはそんときだ、とりあえず今日の結果を喜びます。