中国迷爺爺の日記

中国好き独居老人の折々の思い

リードをつける

2010-01-13 09:20:31 | 身辺雑記
 あるファーストフード店に入った時のこと。カウンターで注文を済ませて待っていると、すぐそばにいた小さな男の子が私を見上げてニコリとした。5歳くらいで色白の丸顔の可愛い子だった。

 私が笑顔を返すと、その子は少し私のほう近づいた。するとその子の向こう側にいた母親らしい女性が険しい表情で「動いたらあかんやろ」と低い声で叱り、手に持っていた革紐のようなものを引っ張った。そのとき気づいたのだが、その紐は男の子の首の後ろの襟元につながっていた。それで男の子が母親のほうに引っ込んだのだが、まるでリードで犬をつないでいるようで、ちょっと異様な感じがした。

 その後も何か気になっていたが、ふとあの男の子は多動症なのではないかと気がついた。30年ほど前に教育研究所の教育相談係にいた頃、何度か多動症の幼児や児童を見たことがあるが、いろいろな症候はあるようなのだが、絶えず動き回り注意散漫な子が多かった。道を歩いていても突然走り出したりするから、車が多い所などでは危険なので親は絶えず子どもに注意していなければならない。しかしその頃はリードでつないでいるのは見たことがなかった。

 家に帰ってインタネットで調べてみると、多動児を持つ親が書き込みをしている電子掲示板があった。書き込みをしている親も子どもをリードでつないでいるようで、そのために幼児虐待だなどの非難や叱責を受けるようで悩んでいる。それに対して同じように多動児を持つ親が書き込みをして意見を言ったり励ましたりしていたが、リードを使う親は少なくないようだ。最近は盲導犬などに装着するようなハーネス(胴輪)もあるらしい。私が見た子もハーネスを着けていたのかも知れない。

 初めて見た私も少々異様な感じを受けたくらいだから、街でそのような姿を見かけたら事情を知らない者は犬の散歩を連想して、何ということだと非難の目を向けるかも知れない。しかし、当事者の親にとってみればそうするほかはない。親なら手をつないでやればいいではないかと言うかも知れないが。そうしょっちゅう手をつないでいるわけにもいかない。何も好き好んでやっているわけではないから、非難するのは酷なことだ。

 私は定年退職後に知的障害者の親の会の事務局に勤めたことがあるが、障害を持つ子の親の心身の苦労というものはとても言葉ではでは尽くせないものがある。ある重度の障害を持つ子ども(と言ってももう成人しているのだが)の親は、自分の願いは子どもよりは一日だけ長生きしたいことですと話したことがあった。親は子どもよりを早く死ぬが、せめて子どもを看取って死にたいという切なく尊い親心だと思った。