中国迷爺爺の日記

中国好き独居老人の折々の思い

才能と容姿

2010-01-18 10:08:59 | 身辺雑記
 現代はテレビの時代だから、何かにつけテレビ映りのよいことが重視されるようだ。演奏家でも同様で、才能はもちろんだが、やはり容姿に優れていると有利ではないか。そういう意味では「天は二物を与えず」と言うようなことはないのではないかと思ったりする。たとえば中国人の女性の二胡や琵琶、古箏などの演奏家のCDを何枚か持っているが、ジャケットを見ると皆なかなかの美女で感心する。反対に才能はあっても容姿に問題があるとされたら、売り出すことは難しいのかも知れない。少し意地悪な見方をすれば、容姿が優れていたら才能的にはいま一つでも、受けは良いと言うことになるのかも知れない。もっとも容姿だけでは一時的にはともかく、一流になれるほどこの世界は甘いものではないだろう。

 テレビが映らないので見なかったが、昨年のNHKの紅白歌合戦に特別出演したスコットランドのアマチュア歌手のスーザン・ボイルという女性は、このような先入観を覆したと言うものだろう。彼女がイギリスの人気オーディション番組に初めて出場したときの映像(インターネットの動画サイトのユー・チューブ)を見たことがあるが、48歳とかのまったくのオバサンで、やや太り気味の野暮ったいとも言える風体だし、美人でも何でもなく、聴衆は彼女が舞台に立つなりあからさまに侮蔑したような反応を示した。ところが歌い始めたとたんに、その声量のある美声に反応は劇的に変わり、最後には会場は熱狂の渦に巻き込まれた。以後そのシーンは、世界中で3億回以上のアクセスがあったと言う。今後CDを出すらしいが、彼女が先々この世界でプロとして地位を確立する可能性は多分低いだろうけれども、才能と容姿は関係がないことを示したのは快いことだった。

 戦中から戦後にかけて日本のシャンソン界の先駆者であり、代表曲から「ブルースの女王」と呼ばれた淡谷のりこ(あわや・のりこ)はクラシック音楽の基礎教育を受けたそのすばらしい歌唱力で一世を風靡した。私も幼い頃よくその歌声を聴き、今もその声が耳の底に残っているが、歌謡界の大御所とも言える存在から戦後はテレビにはよく出た。

 彼女は決して美人とは言えなかった。初期のテレビの時代に、夜の歌謡番組か何かに出演した彼女の顔が大写しされ、それを見ていた私の幼い従弟が怯えて泣き出したことがあったようだ。当時はもちろんカラーではなかったから、ドーランで化粧したコントラストの強い顔は幼児には怖いものに映ったのではないか。それ以後その子が愚図ついて泣いたりすると、家人が「ほらほら、アワヤノオバチャンが来るよ」と脅すと愚図るのを止めたそうだ。「鬼が来るよ」のように使われてはブルースの女王も形無しだ。

 しかし彼女はなかなかの傑物で、戦時中の出征兵士の慰問に駆り出されたが、「化粧やドレスは贅沢ではなく歌手にとっての戦闘服」という信念で、禁止されていたパーマをかけ、ドレスを着て歌い、軍部から何度も始末書を取られるなどの圧力に屈することはなかったと言う。反骨精神や平和を願う思いは最後まで失せることはなかったと評価されている。

 若手歌手の歌唱力に対する目は厳しく、「今の若手は歌手ではなく歌屋にすぎない」、「歌手ではなくカス」などという辛辣な発言もあった。今は単なるタレントと化して、私などには聞くに堪えないジャリ歌手が少なくないが、淡谷のりこが存命ならば、かつて若い歌手は胸から発声しないで口先だけで歌っていると言ったのを記憶しているので、どのように言うだろうと思ったりする。彼女がこのような気骨がある人物は芸能界にはもう見られなくなったのではないか。時折毒舌を弄する年輩のタレントが男性にも女性にもいるが、その毒舌も所詮は芸のうちのような気がする。