天使の運動会、
優貴君の年少、年中、年長(愛奈ちゃんの年少)、優貴君の小1(6月)、愛奈ちゃんの年中、優貴君の小2、そして今回の愛奈ちゃんの年長さんと
合計7回、横浜まで往復1000kmを走って見る事が出来ました。
(これって、異常かしら?)
今回は愛奈ちゃんは年長だったので対抗リレーがメイン種目だったのですが、
愛奈ちゃんが半周近くあった差を大きく縮め、
次のランナーで逆転したので優勝するかと思ったのですが、
最終ランナーが競った時に押されて転倒して、負けてしまいました。
優勝の金メダルが欲しかった愛奈ちゃんは、
何人かの先生も「もらい泣きしちゃったよ」とおっしゃた程、悔しくて大泣きを続け、
銀メダルをもらって泣きながら戻ってきましたが、
(対抗リレーが午前の最終プログラムでした)
優しい優貴君が「僕の金メダルをあげるよ」と言ったので、やっと泣き止みました。
最後の父兄と一緒の踊りの時は、
愛奈ちゃんはママと踊っていたのですが、
バーバが踊る相手がいないのを見て、バーバと踊ってくれたり、
ジージも引っ張り出して一緒に踊ってくれました。
2人とも優しい子に育ってくれて、
ジージとバーバとうるうるで涙がこぼれ落ちそうでした。
来年は1年生と3年生、
どんな成長した姿を見せてくれるか楽しみです。
優貴君の年少、年中、年長(愛奈ちゃんの年少)、優貴君の小1(6月)、愛奈ちゃんの年中、優貴君の小2、そして今回の愛奈ちゃんの年長さんと
合計7回、横浜まで往復1000kmを走って見る事が出来ました。
(これって、異常かしら?)
今回は愛奈ちゃんは年長だったので対抗リレーがメイン種目だったのですが、
愛奈ちゃんが半周近くあった差を大きく縮め、
次のランナーで逆転したので優勝するかと思ったのですが、
最終ランナーが競った時に押されて転倒して、負けてしまいました。
優勝の金メダルが欲しかった愛奈ちゃんは、
何人かの先生も「もらい泣きしちゃったよ」とおっしゃた程、悔しくて大泣きを続け、
銀メダルをもらって泣きながら戻ってきましたが、
(対抗リレーが午前の最終プログラムでした)
優しい優貴君が「僕の金メダルをあげるよ」と言ったので、やっと泣き止みました。
最後の父兄と一緒の踊りの時は、
愛奈ちゃんはママと踊っていたのですが、
バーバが踊る相手がいないのを見て、バーバと踊ってくれたり、
ジージも引っ張り出して一緒に踊ってくれました。
2人とも優しい子に育ってくれて、
ジージとバーバとうるうるで涙がこぼれ落ちそうでした。
来年は1年生と3年生、
どんな成長した姿を見せてくれるか楽しみです。
沢渡で朝一番に予約して乗った運転手さんが
明日も呼んで下さいとの事でもらった電話番号に電話を掛けたら
違う運転手さんでしたが、
凄く親切な運転手さんで、
帝国ホテルと大正池、それと秘密の撮影ポイントで停まってくれて写真を撮ってくれました。
という事で、大満足の涸沢にいい写真と思い出が増えました。
明日も呼んで下さいとの事でもらった電話番号に電話を掛けたら
違う運転手さんでしたが、
凄く親切な運転手さんで、
帝国ホテルと大正池、それと秘密の撮影ポイントで停まってくれて写真を撮ってくれました。
という事で、大満足の涸沢にいい写真と思い出が増えました。
パノラマルートって13年前の記憶では鎖場なんて覚えていなかったのですが
(って記憶に残っていないという事ですが・・・)
幕営装備を担いで通るのはなかなか大変だったみたいです。
でも、素晴らしい景色は疲れを忘れさせてくれるでしょう。
13年前のように・・・
(って記憶に残っていないという事ですが・・・)
幕営装備を担いで通るのはなかなか大変だったみたいです。
でも、素晴らしい景色は疲れを忘れさせてくれるでしょう。
13年前のように・・・
キャンプ届出小屋の後ろの大岩に上って
三脚を立てた大型カメラさん4台に並んで薄暗い時からモルゲンロートを撮ろうと待っていました。
一番いい時間帯に太陽を雲が遮ってしまってたので
強烈に赤く染まる瞬間を見れなかったのが残念でしたが、
出発時の天気予報では全く期待していなかったので大満足でした。
三脚を立てた大型カメラさん4台に並んで薄暗い時からモルゲンロートを撮ろうと待っていました。
一番いい時間帯に太陽を雲が遮ってしまってたので
強烈に赤く染まる瞬間を見れなかったのが残念でしたが、
出発時の天気予報では全く期待していなかったので大満足でした。
浅間山に登った後、四間温泉の四万館に宿泊しました。
ここは歴史の古い旅館で井伏鱒二など多くの文人が泊まった宿という事ですが、
錆鉄人的には無料の貸切風呂が6箇所もあるという所が決めてでした。
しかも、文人の湯という広い混浴の露天風呂まであるのですから!
ここは露天風呂付客室もかなり安い金額で宿泊出来るのですが、
その場合、部屋の露天風呂ばかりに入っていて、
ほかのたくさんの温泉を楽しめないのではないかと考え、
露天風呂客室と同じ食事というお安いプランで宿泊しました。
いつも言っているように、
錆鉄人は山登りをして石ころの上に薄いマットを敷いて、
さらに薄いテントの屋根で寝る人間ですから
(といっても、日帰りばかりでほとんど幕営してませんが・・・)
やんとした屋根があって布団で寝られれば天国だと思っているので
部屋の狭さや古さなど全然気にしないのです。
(以上は、天女を洗脳せんが為のセリフですが・・・)
食事は、コレは凄いという物はありませんでしたが、
どれもおいしく量もたくさんあって
勿論、たくさんの貸し切り風呂、混浴風呂、男女別の内湯と露天風呂全部を楽しみ大満足でした。
写真は夜の文人の湯
翌朝も貸切状態でした。
みんなは何をしていたのでしょうか?
ここは歴史の古い旅館で井伏鱒二など多くの文人が泊まった宿という事ですが、
錆鉄人的には無料の貸切風呂が6箇所もあるという所が決めてでした。
しかも、文人の湯という広い混浴の露天風呂まであるのですから!
ここは露天風呂付客室もかなり安い金額で宿泊出来るのですが、
その場合、部屋の露天風呂ばかりに入っていて、
ほかのたくさんの温泉を楽しめないのではないかと考え、
露天風呂客室と同じ食事というお安いプランで宿泊しました。
いつも言っているように、
錆鉄人は山登りをして石ころの上に薄いマットを敷いて、
さらに薄いテントの屋根で寝る人間ですから
(といっても、日帰りばかりでほとんど幕営してませんが・・・)
やんとした屋根があって布団で寝られれば天国だと思っているので
部屋の狭さや古さなど全然気にしないのです。
(以上は、天女を洗脳せんが為のセリフですが・・・)
食事は、コレは凄いという物はありませんでしたが、
どれもおいしく量もたくさんあって
勿論、たくさんの貸し切り風呂、混浴風呂、男女別の内湯と露天風呂全部を楽しみ大満足でした。
写真は夜の文人の湯
翌朝も貸切状態でした。
みんなは何をしていたのでしょうか?