『屋根裏』ソフィア公演2ステージは無事に終わった。まあいろいろたいへんな面はあったが、満席のトリプルコールで幕が開き、2ステージめも終演するや否やのオールスタンディングであった。
字幕翻訳を担当してくださったのは、村上春樹作品の翻訳でも知られるドラ・バロヴァさん。明らかに字幕そのものへの肯定的な反応というのもあるわけで、俳優陣はそれを自分自身へのものとできるよう、より密度が求められることを身をもって知る。海外公演で俳優が鍛えられる一面である。
ソフィア大学のインターネット・メディア〈フライデー・チョップスティック〉のメンバーたちは連日やって来た。どうも日本はじめアジアの表現については、この地ではある種の「ブーム」が続いている。
そしてこの街の人たちは演劇をとても大事にしている。
タイミング的に、年に一度の「薔薇祭り」とぶつかる週末で、日本関係者では観られない方もいて、残念。
写真はバラシ後にツアーメンバーと劇場スタッフさんと。
今回はソフィア市立劇場だったが、『屋根裏』という劇のサイズに合わせた面はある。まさに「市民劇場」である。何しろ公園の中にあって、劇場のドアを開けるとメリーゴーランドが回っているのである。
十九年前ソフィアで『神々の国の首都』を上演したときは、イワン・バゾフ国立劇場であった。その二年前の〈ウィーン芸術週間〉日本特集で田中泯さんらとともに紹介され、再度招かれたヨーロッパで四都市を巡った。
イワン・バゾフ国立劇場はブルガリア随一の国立劇場であり、当時ここで国立の劇場の形態、組織運営など様々な状況を知ったことは、大きな成果だった。新国立劇場のオープン直前だったが、「国立劇場」のあり方について、自分なりにイメージできたことは大きい。詳しいことは聞かれればいくらでも話せるが、いずれまた。
イワン・バゾフ国立劇場では、到着後の打ち合わせが早めに終わったのでその日にルイジ·ピランデッロ作『あなたは私を好き』を観た。
第二次世界大戦前のベルリンを舞台としている。これは舞台上に客席と舞台を架設していて、小劇場仕様にしている(これもこの劇場独自の舞台機構で実に平易に可能である)。考えてみれば熊本県立劇場などでそういう舞台上架設の上演もしたことがあり、これなら『屋根裏』もやれたと思う。
『あなたは私を好き』は冒頭5分の映画スクリーンを模した舞台空間作りが傑出していて、白紗幕と照明、セットの遠近法の使い方等、ステージングに関して最近にない感動を覚えた。寺山修司さんに見せたかった。ただし残念ながら最初の5分だけである。
イワン・バゾフではソフィアを発つ前に新作『エッジ』も観た。現在のブルガリアの人たちの真情を余すことなく描いたとして、老若男女、街を挙げて絶賛されている作品である。これも劇場の独自のセリの動かし方などやはり劇場機構を駆使していて、強風に人間が飛ばされるスペクタクルな導入部から引きつける。ボレロの安直な使用など選曲は凡庸だし、同時多発の嵐ともいうべき群像劇ゆえに、細部はもっと深めるというより、もっとダイナミックにプロットの幹を作ることができるのではないかという感想は出てくるのだが、言葉の壁ゆえの感想かもしれない。
最後の台詞は、浮浪者となった父が、ついに再会した、孫を抱いた娘に語る、「ブルガリアは終わった」。もちろん、ただのネガティブな発露ではないはずだ。
字幕翻訳を担当してくださったのは、村上春樹作品の翻訳でも知られるドラ・バロヴァさん。明らかに字幕そのものへの肯定的な反応というのもあるわけで、俳優陣はそれを自分自身へのものとできるよう、より密度が求められることを身をもって知る。海外公演で俳優が鍛えられる一面である。
ソフィア大学のインターネット・メディア〈フライデー・チョップスティック〉のメンバーたちは連日やって来た。どうも日本はじめアジアの表現については、この地ではある種の「ブーム」が続いている。
そしてこの街の人たちは演劇をとても大事にしている。
タイミング的に、年に一度の「薔薇祭り」とぶつかる週末で、日本関係者では観られない方もいて、残念。
写真はバラシ後にツアーメンバーと劇場スタッフさんと。
今回はソフィア市立劇場だったが、『屋根裏』という劇のサイズに合わせた面はある。まさに「市民劇場」である。何しろ公園の中にあって、劇場のドアを開けるとメリーゴーランドが回っているのである。
十九年前ソフィアで『神々の国の首都』を上演したときは、イワン・バゾフ国立劇場であった。その二年前の〈ウィーン芸術週間〉日本特集で田中泯さんらとともに紹介され、再度招かれたヨーロッパで四都市を巡った。
イワン・バゾフ国立劇場はブルガリア随一の国立劇場であり、当時ここで国立の劇場の形態、組織運営など様々な状況を知ったことは、大きな成果だった。新国立劇場のオープン直前だったが、「国立劇場」のあり方について、自分なりにイメージできたことは大きい。詳しいことは聞かれればいくらでも話せるが、いずれまた。
イワン・バゾフ国立劇場では、到着後の打ち合わせが早めに終わったのでその日にルイジ·ピランデッロ作『あなたは私を好き』を観た。
第二次世界大戦前のベルリンを舞台としている。これは舞台上に客席と舞台を架設していて、小劇場仕様にしている(これもこの劇場独自の舞台機構で実に平易に可能である)。考えてみれば熊本県立劇場などでそういう舞台上架設の上演もしたことがあり、これなら『屋根裏』もやれたと思う。
『あなたは私を好き』は冒頭5分の映画スクリーンを模した舞台空間作りが傑出していて、白紗幕と照明、セットの遠近法の使い方等、ステージングに関して最近にない感動を覚えた。寺山修司さんに見せたかった。ただし残念ながら最初の5分だけである。
イワン・バゾフではソフィアを発つ前に新作『エッジ』も観た。現在のブルガリアの人たちの真情を余すことなく描いたとして、老若男女、街を挙げて絶賛されている作品である。これも劇場の独自のセリの動かし方などやはり劇場機構を駆使していて、強風に人間が飛ばされるスペクタクルな導入部から引きつける。ボレロの安直な使用など選曲は凡庸だし、同時多発の嵐ともいうべき群像劇ゆえに、細部はもっと深めるというより、もっとダイナミックにプロットの幹を作ることができるのではないかという感想は出てくるのだが、言葉の壁ゆえの感想かもしれない。
最後の台詞は、浮浪者となった父が、ついに再会した、孫を抱いた娘に語る、「ブルガリアは終わった」。もちろん、ただのネガティブな発露ではないはずだ。