ものをつくる人のことを「狂っている」ということは多々あるようだ
つくる人自身である自分は、必ずしもそうは感じない
だがたまに「狂気」を指摘される
ただ
とんでもないことをやっているなあ、たいへんだ、まいったな、と感じる瞬間はある
そういうときに、なにも迷わずそのことをやっている、というその文字通りの姿で、俳優たちが立っている、
そのことに励まされ、
ひょっとしたら残っていた迷いを捨てる勇気をもらい「当たり前だよな!」と返したりしているときがある
結果として私自身も大きく変容している
たいていがそういう「現場」である
四半世紀の仲間ならそれは当たり前のことかもしれない
なのでそれは今は触れぬのだが
二十一世紀になって仲間になった人たちにも、ときに逆にがそれが濃厚にある そう感じる時がある
たとえばこの 杉山英之という男
この男がいないと私はなかなか劇をつくることは難しい
そう思うことも最近、多々ある
いやいや杉山君はふだんは極めて普通な部分を持っている男であるはずなのだが
私たちはある意味、演劇上の狂気のようなもので繋がっているのだなあと感じる瞬間がある
まあ、今の日本じたいが、とてつもなく狂っている、ということに対抗するために、私たちも狂わざるを得ないということでもあるのかもしれないが……
そんな雑感の中、すすんでいく「憲法くん」なのである……
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『憲法くん』舞台化、始動。
あの、松元ヒロさんの『憲法くん』が、ほんとうに、演劇になるのです。
11月29日(金)から、座・高円寺。伊丹、名古屋、岡山でも上演します。
こんにちは、憲法くんです。
わたしは、一九四七年五月三日に生まれました。
わたしは、国の力を制限するための、「国民から国への命令書」です。
へんなうわさを耳にしたんですけど、ほんとうですか。
わたしがリストラされるかもしれない、というはなし。
「現実にあわないからだよ」、というひとがいます。
でも、理想と現実が違っていたら、ふつうは、現実を理想に近づけるように、努力するものではありませんか。
でも、わたしをどうするかは、みなさんが決めることです。
わたしは、みなさんのわたし、なんですから。
わたしを、みなさんに、託しましたよ。
http://rinkogun.com/Kenpo-Kun_Tokyo.html
けっこう面白い演劇になると思うよ