昼のガスパール・オカブ日記

閑人オカブの日常、つらつら思ったことなど。語るもせんなき繰り言を俳句を交えて独吟。

少子高齢化と女性の社会進出

2017-05-27 22:43:08 | 社会

かーたんもエルさんも子供と深いかかわりのある仕事をしている。
だから、昨今の子供や家庭を取り巻く環境には敏感だ。
さて、少子高齢化が叫ばれて久しい。
この問題には、社会保障費の増大、労働力の不足などといった弊害が指摘されるが、少子化だから人手不足になり経済が衰退する、という理屈だったら、今の政府・行政の施策は笑止千万である。
労働力不足→女性の戦力化という図式は、少子化をますます助長することは論を待たない。
女性がフルタイムの労働力となるには、当然、女性の高学歴化が必然となり、結婚年齢が高くなる。
当然、少子化である。
また、既に問題になりすぎている保育園不足などの、子育てのためのインフラの貧困さも、夫婦が子供を作ることを躊躇わせる。
これも、当然少子化である。
さらに、賃金の上昇カーヴが緩慢になり、若い夫婦は将来のために早期から貯蓄に励まなくなる一方で、生活水準への欲求は昔よりも格段に高くなり、そこに社会保障の不安による、子作りに対する心理的抵抗が増加する。
このような循環を見ていると、社会全体で、子供を産むな!と脅しをかけているようにしか見えない。
安心して子供を産み育てる環境の条件は、男性労働者の賃金のアップと賃金の上昇の先鋭化、雇用の保障、専業主婦の優遇、子育てのためのインフラの充実が求められる。
一方で、家庭の側も、子育て時期には奢偧な生活の抑制などが求められる。
昔のように6畳一間のアパート住まいで2人も3人も子供を育てていても、将来に夢のある社会。そういうものが求められている。
早急に「男女共同参画」など止めるべきである。女性が輝く社会=女性がフルタイムで働く社会、では決してない。
今日は、三茶の『お山のすぎの子』へかーたんと行った。
エルさんがお世話になった、マスターや女将さんやチーフに挨拶をかわし、大変厚いもてなしを受けた。
この『お山のすぎの子』は三茶の特筆すべき名店である。

土曜日の半そでシャツの心地よき   素閑




日曜日かーたんと『きゃんどる』で・・・・

2017-05-21 16:39:10 | 社会

日曜日。
当然、教会に行く。
礼拝を済ませ、会計処理を済ませ、かーたんと、いつもの三茶・すずらん通りの『きゃんどる』にランチに行く。
エルさんは、昨日の土曜日は土曜授業で深夜残業。今日は後で聞くと昼近くまで寝ていたということだが、その後、学校の書類作成、テストの丸付けなど。
この子は、見ていると丸々一日休みの日は、夏期休暇、冬期休暇の間の年にほんの数日だ。
本当によく働く。
ところで、『アゴラ』に中沢良一という元小学校教諭の人がちきりんさんも見誤る学校教育がダメなほんとうの理由。と題して小論考を載せているので読んでみた。
結論は、まさに学校とは「効率」の悪いところであり、逆に学校とは「効率」の悪いことに耐えるためにあるということにある、というふうにオカブは読んだ。
ここでは、「効率の阻害」は学校運営上での課題か?学力教育・学力向上の上での課題か?そもそも「効率の重要性」を児童に教育することを阻害しているという意味での課題か?言い換えれば、書類作業などの教育以外の公務分掌が効率を阻害している・あるいは教員の事務能力の低さが効率を阻害している?今の授業方法では学力の向上のために効率的ではない。児童に、いかに効率が重要であるかということを教えることを避けているという点に関して混同がみられるが、取り敢えずは、三者が同じく、学校現場での効率を阻害しているととらえることができる。
「効率」を「生産性」という言葉に置き換えると一般の方にも分かり易い。
オカブも数年前、エルさんが初任の頃、今と同じく、早朝から深夜まで、休日もなく働いているのを見て、なんでこんなことまでしなくてはならないのか?と学校の無理・無駄を目の当たりにしてきた。
だから、中沢氏の学校は「生産性」を損ねている、という論考には肯けるところがある。
しかし、一方で、一般営利企業における旧来の「生産性」の概念への疑問も古くから投げかけられている。
言うまでもなく「生産性」とは、インプットを極小に、かつアウトプットを極大にすることが、生産を営む組織目標を最適にするプロセスであるとする概念である。しかし、近来のテクノロジーの高度化と、右肩上がりの成長の鈍化、日本的経営においてルーティンなブルーワーカーとクリエイティブな知的労働者との垣根が低くなりつつあること、さらにはあらゆる新規参入と参入手段の多様化などによる競争の激化により、「インプットを極小化」して競争に勝てるか、疑問が呈され、それが一般化している。それが、社会全般において健全かどうかはさておき、「インプットを極小化しては、アウトプットを極大化できない」というのが、今日の一般的経営上の通念である。
さらには、公教育という現場に「生産性」という運用原理を持ち込んでいいかも疑問だ。小学生の子供は、いうまでもなく多様な将来がある。その中には、生産性に馴染まない職業に就く子もいるだろう。では、そういう子は「ムダ」な子なのか?言うまでもなく、そうではない。
また、エルさんを見ているとわかるが、現在の初等教育現場は、一律に画一的な授業をこなしていれば事足りるものではなく、一人一人の教師が一コマ一コマの授業を、創意工夫し知恵を絞って、学習指導要領に付加価値をつけていくことを要求される。こうした努力は、教員の労働条件を悪化させ、長時間労働や休日出勤を余儀なくさせている一面もあるが、意欲ある教員は、そこに自らの「働き甲斐」を見出して積極的に取り組み、それによって学校現場が支えられている一面もある。
もちろん、学校現場にはびこっている官僚的・繁文縟礼的な因習に起因する無理・無駄は徹底的に排除しなければならないが、もはや経営理論としても陳腐な「生産性」の概念を公教育現場に持ち込もうということが誤りなのであり、中沢氏の論考は皮相的との誹りを免れ得ないであろう。
今の学校の現状を肯定することはできないが、中沢氏は、かつて自らが勤務していた職場の労働環境の悪さに目が行くあまり、公教育の問題の本質を見誤っているように思える。
それと、教員の労働条件の改善、適正な教育予算の確保は、また別の問題である。
こんなことを考え、かーたんと語りながら、『きゃんどる』のご馳走を食べた。


化粧落ち薄暑の妻の愚痴あまた   素閑




サザエさんはもうない。

2016-03-21 08:42:27 | 社会

テレビ番組『サザエさん』は長寿番組であるとともに、国民的番組でもある。
テレビ放映以前の漫画の『サザエさん』も人気があった。
思えば、高度成長期には『サザエさん』の家庭は日本人の理想であった。
一戸建ての家。三人の子供。三世代同居。専業主婦。入り婿。亭主は職場帰りにカミさんの父親と駅前の居酒屋で一杯。職場からの帰宅後や休日は一家団欒。
そんな余裕は大半の国民にはなかったが、いつか自分もそうなるぞという希望があった。
そして実際に、ある時期には、そうした生活が一部には実現した。
一方、現代をみてみてどうだろう。
男女共同参画、少子高齢化、競争社会、長時間労働・・・・とても『サザエさん』の世界ではない。
『サザエさん』は本当に日本人の理想とする家庭像であり、とても麗しい家族関係のドラマなのだが、もはや現代の我々にはそれを取り戻す術はないであろう。永遠に失われた世界なのだ。
だから日曜の夕方、テレビで『サザエさん』を観て、その描かれた世界に憧れ、懐かしむことで、過酷な競争社会で傷ついた心を癒すくらいが、我々に許された仮象のサンクチュアリへの逃避なのだ。
そう言えば、バブルの時期には『サザエさん症候群』という言葉が流行った。『サザエさん』が放映される時間帯に、サラリーマンが堪らなく憂鬱になることを言うらしい。我々は、今、そういう時代に生きているのが現実だ。

早朝に道掃く主婦居り彼岸過ぎ   素閑

 


ぱよぱよちーん・続報

2015-11-10 12:23:12 | 社会

これ、本当に安倍政権が吹っ飛ぶほどやばいわ。
マスコミが全く報道しないのは、安倍から鼻薬をかがされているから?それとも緘口令しかれてる?
IT業界がどうとかというレベルではなく、国家を揺るがす一大事!
これだけの状況証拠あり。ぱよぱよちーん・山田洋行・マイナンバー・・・で検索。某セキュリティ会社トップと松下副総務大臣会見・これでやばくなくてなにがやばい??社会を震撼させる一大事件。

 

冬近し老いの身案ず頃となり   素閑 


ある報道?からジャーナリズムってなーんだ???????????????

2015-11-08 16:10:40 | 社会

ほんと馬鹿だと思う。
火消しのつもりなんだろうな・・・・事実を知ってる人には明らかな目くらましだとわかっちゃう。この件はこの件で問題性はあるんだろうけど、このタイミングだからねえ。ま、東京新聞はシャルリ・エブドの時、謝罪したから、この紙面だけ見て言えば一貫性があるといえば一貫性があるんだろうが・・・(それはそれで、言論機関が「言葉狩り」に同意したということなんだが)。
繰り返すけど、タイミング的に見て、何を企んでいるかは明確。
マスゴミは真実を報道しないで、事実から目をそらせることに必死。
おバカなメディア見てると自分まで馬鹿になっちゃうよ。 
ところでマイナンバーはどうなの?東京新聞さん。 自民もそこ突かれたら痛いから結局、安倍応援団か?

宿酔いの昼過ぎて聞く時雨かな   素閑

 

 


ぱよぱよちーん

2015-11-04 21:02:07 | 社会

ほんと。マイナンバーの本格運用を控えて、セキュリティ会社がセキュリティホールってのも、社会的、否、国家を揺るがすひいては国際的に大問題だけれども・・・・
ともあれ、安倍信者も気持ち悪いけれど、アンチ安倍の化石化した凝り固まった頭は死んでも治らないのだろうな。ネトウヨでさえ、もっと柔軟に是々非々で論じているというのに。
大事件で笑っていてはいけないのだが、本当に笑えるアホらしい一件ではあった。

↓↓↓何のことかわからない人用↓↓↓
<ぱよちん音頭>

晩秋の街に一風過ぐ人波   素閑

 


遠藤実頌

2015-07-12 09:11:06 | 社会

演歌や日本歌謡にはまったく興味がない。
テレビもあまり見ない。
しかし、この遠藤実氏を知ったのは10年ほど前に日経新聞に連載された『私の履歴書』からだった。
戦後の赤貧の生い立ちの中で、ギターの流しで生計を立て、街から街へ放浪する。
やがてある大衆食堂に通ううちその店員と知り合いになる。
その店員は頼みもしない料理をつけてくれる。店への払いは自腹である。
やがて、親しくなり、所帯を共にするようになる。
着の身着のままで下宿を追い出された時もこの夫人は何も言わずついてきた。
ギターが壊れれば、ヘソクリから金を出して新しいギターも買ってくれた。
遠藤氏が大成し『ミノルフォン・レコード』の社長になった時も、変わらず連れ添った。
しかしガンで夫人を亡くすことになる。
夫人の逝去のところで『私の履歴書』は終わっている。
いかにも不自然な終わり方である。しかし心ある読者は気づくであろう。
この終わりは夫人の最期に感極まって、耐えることができなく筆を折ったという結びである。
糠槽の妻、喜びも悲しみも共にしてきた妻、終生変わらぬ愛を貫いた夫婦の、別れに断筆した壮絶な終章であった。
遠藤実氏の作曲家としての業績は何も知らない。
しかし、この夫人への愛情だけをとってもこの人が「本物」であることが分かる。
華やかで虚飾に満ちた芸能界にもこんな純朴な人間模様があったのである。
こういう人が真の昭和の日本人というのであろう。
本当に『先生』とつけて呼ぶのがふさわしい、日本の財産だった人であった。
涙なしには読めぬ連載だった。

哀しさはどこまで青く夏の空    素閑

 

 

 

 


クール・ビズ

2015-06-01 19:23:34 | 社会

我が家の庭に紫陽花が咲いている。
もう鬱陶しい梅雨の季節が来たのかと思うと、憂鬱になるやらちょっと感慨深いやら。
シーボルトは日本での愛人のことを「マクロフィラ」と呼んだ。紫陽花のことである。なにか物悲しい。

ところでこの季節になるとあらわれる一つの風物詩がいわゆる「クール・ビズ」。
オカブはこの習慣を苦々しく思っている。
特に永田町の政治家どもがこの格好をしていると腹立たしくなってくる。
どうせ一日、涼しいところにいて移動も車なんだろ?なんでそんな恰好するんだよ?ちゃんとネクタイしろよ。と言いたい。
どうしても涼しい恰好をして節電なら何やらを訴えたいなら、ジャケットなんかを着ずにもっとカジュアルな格好いいウェアで決めればいい。
とにかく、今のスーツの上下にドレスシャツでネクタイだけしない姿は見苦しくてしようがない。
日本の夏は熱帯よりも暑いのだから、夏用のビジネスウェアが開発されていいと思う。
ハワイではアロハシャツが正装で、結婚式やパーティーでもちゃんとした礼装として受け入れてもらえるそうである。
立派な知恵だと思う。ちなみにアロハシャツは、明治時代の日本からのハワイ移民が、和服の古生地を使って作り出したものがオリジナルというから少し誇らしい気分になる。
バーミューダでは、バーミューダ・ショートパンツに上はブレザー&タイ、膝下までの靴下に革靴が銀行員などのお堅いビジネスマンの正装なのだそうだ。
ちょっと暑そうだがこれもユニークでよい。
とにかく、アロハシャツでもかりゆしでもいいから日本独自の快適で見栄えのいいフォーマルなシーンでも着られるサマーウェアを開発してほしい。
とにかく見た目が暑苦しくて見苦しい、ネクタイだけ外した背広姿は願い下げである。

紫陽花や今日は友の百回忌   素閑 

 

 


公務員の資質について

2015-02-25 04:54:28 | 社会

日本の公務員の評判は悪い。
昔も悪かったが最近は特に悪い。
公務員の犯した不祥事が表ざたになると、ここぞとばかりにマスコミから批判され、国民の攻撃を受ける。
一時は、公務員の高給が問題になった。民間の賃金平均をはるかに上回ってけしからんということである。国家公務員のお手盛り豪華官舎も問題となった。民間賃貸なら数十万の家賃の物件に数万の天引き家賃で住んでいるというところが、マスコミの逆鱗に触れて、一時、随分のこと集中攻撃があったと記憶している。
財政赤字がここまで顕在化する以前は、予算を消化するためにとんでもない箱モノを作る役人がいた。
一時の、旧社会保険庁の乱脈ぶりにはオカブも憤りを覚えた。
今でも公務員の体質は「遅れず、休まず、働かず」と批判される。確かに行政職の多くはコスト削減の狙いもあって、ほとんど時間外勤務を行っていない。それでも生活が成り立つのだからそれなりの高給であることは間違いのないことであろう。
現代日本の公務員の体質には、非常な問題がある。
そのことを前提にして、にもかかわらずオカブは日本の公務員の資質を評価している。
それは、ある出来事が原因している。
オカブは自営業者だから(一応株式会社の経営者であるが)税金の申告がある。一定の規模の、それなりに儲かっている会社なら、こうした作業は税理士に依頼して、こちら側で行う作業は帳簿をつけるだけなのであるが、オカブ商会は超零細にして、常に潰れるか潰れないかのぎりぎりのところを低空飛行しているので、税理士を雇う金などない。そこでネットや本と取り組んでなんとか申告を行うのだが、そこは素人の悲しさ、まともに申告書、財務諸表を含めても作成できたことがない。
そこでそのできそこないの申告書と、財務諸表を税務署に持って行って申告を行うのであるが、一応、書類は受理してくれるが、そんないい加減な税務申告をまともに承認してくれるほど税務署は甘くない。
そこで後日、必ず呼び出しを食らうのだが、 そこで担当の税務署職員が、実に懇切丁寧に、申告書の誤りを指摘してくれ、修正の手引きをしてくれるのである。担当職員にとって自分の利益に一銭の徳にもならず、申告が間違いだからと言って、いずれにしろ赤字であるので、追徴課税を課すということでもないのに、貴重な時間を費やして、いろいろ教えてくれる。
しかも、その教示の方法が、決してお役所仕事の枠に収まらず柔軟で、筋の通ったものである。これなら納得がいく。
海外の公務員ではこういうわけにはいかない。やる必要のないことには、絶対に手を付けないし、だいたい賄賂を取るのに鵜の目鷹の目である。
アメリカで弁護士が繁盛しているのは、公務員があまりにも行政サーヴィスを怠っていて、そこに付けこみ、アメリカの弁護士は日本の行政書士の業務もできるから、仕事がごまんと舞い込み千客万来の商売になっているという話を聞いた。日本の場合は公務員が手取り足取りやってくれる。弁護士が流行らないわけである。
もちろん日本でもとんでもない公務員や役所はあることはあるのだろうが、一般の公務員のモラルは押しなべて高い。 
これは採用時の日本の公務員のスペックが非常に高いということも起因しているだろう。海外の公務員は失業対策事業の対象のような感じに扱われているとも聞いた。逆に、日本の公務員はオーバースペックなのではないかと思うこともある。
家の一人娘も教員で公務員の末席を汚しているが、帰宅はいつも夜中の十二時過ぎ。それから夕飯風呂に入り、その後翌日の授業の準備を始るから寝るのは三時過ぎ。起床は六時だから睡眠時間は毎日三時間弱である。土日は毎週、翌週の教材研究や校務分掌に費やされる。いずれの日かは学校に出勤している。
時間外手当は一円も出ない。将来の展望など何もない。
こんなブラック企業のような過酷な労働環境で頑張っている公務員もいることを知ってほしい。
オオゼキに買い物に行ったら、行者葫の初物が売っていた。夕飯に酒の友に供した。美味かった。
オカブ商会の決算期は5月末日である。また税務署の人にお世話になることであろう。関連する公務員もオカブ商会の重要なビジネスパートナーである。感謝をもって接しよう。

暖かし単衣で過ごさむともすれど   素閑