大晦日の晩になった。
いつもと変わらず。
1981年カルロス・クライバー指揮バイエルン国立歌劇場ジルベスター公演の『こうもり』のDVDを観て、第九を聴いて、あとはのんべんだらり。
毎日毎日がのんべんだらりだから、大晦日が特別ということはない。
こういう生活態度を小学校の担任が厳しく戒め、その当時は神妙に聞いていたが、大人となり爺となる過程ですっかり忘れてしまった。
もともと豆なほうではなかったが、年とともに益々拍車がかかっていく。
これも仕方がない。
来年の抱負とてない。
ただ老いていくのみである。
年の夜口外せじと打ち明かす 素閑
除夜に入りあらがひがたき時ながる 素閑
年の夜今年はなにをなしたるぞ 素閑
おおひなる人とまみゆる年の夜 素閑
除夜の時年を顧み気を落とし 素閑
年の夜スキー宿にて雑魚寝かな 素閑
年の夜すくふ命のともしびか 素閑
乱れたる肴の皿や年の夜 素閑
年の夜高踏称す作家の死 素閑
年の夜拍子木の音高く鳴り 素閑
年の夜梅の咲けるはいつごろか 素閑
年の夜今年のつひを迎へけり 素閑