昼のガスパール・オカブ日記

閑人オカブの日常、つらつら思ったことなど。語るもせんなき繰り言を俳句を交えて独吟。

今日の東京市場について

2015-06-30 05:45:50 | 経済

ニューヨークダウが大幅安である。5:40分現在350ドル以上の下げ。
月曜日経平均の続落に続いて今日も大荒れが予想される。
ただ、狼狽売りの下げも含まれるだろうから、アメリカの雇用統計とギリシャ情勢の方向性が明白になる7月6日まで、とりあえず現物持ち株は利が乗っていても様子見か。上海も目が離せない。
売りはここで仕掛けないほうがいいと思う。
信用買い玉の売りは慎重に。追証の発生も予想されるが換金よりも現引きだろう。
底はまだある。拾うには早いだろう。打診買いの範囲か?
とにかく今日はパニックになると思う。
冷静な判断が求められる。
とりあえず速報。

荒ぶれる世の波風の梅雨の晴れ   素閑 


 


集団的自衛権の行使について

2015-06-29 02:22:40 | 国際・政治

5月3日のエントリーで、今年は憲法論議が静かだと書いたがとんだ間違いだった。
そして、安保法制に関する解釈改憲が違憲で、反対だと書いた。これも、いまとなっては間違いだったと自省せざるを得ない。
前国会での解釈改憲についての閣議決定が違憲であるという見方については、今でも変わりない。
しかし、「憲法改正」が事実上100%不可能なこと、有事への対応が喫緊の課題であることを考慮すると、このことは憲法論議以前に、政治判断として苦渋の選択だったといわざるを得ない。
安倍晋三も票にならない、なんの得にもならない安全保障政策を提出して、批判を浴びることはあっても、巷に言われる軍国主義国家を作ろうなどという気は毛頭ないだろう。
オカブは世の中には二つの狂気に類する議論があると思っている。
一つは「戦争をしたくて」たまらない議論。
もうひとつは安全保障など不要であるという素っ裸を主張する狂気の議論。
そして両者とも大真面目で主張する者が世の中にいるから始末に悪い。
しかし冷静に考えてみれば、両者ともまったくの不合理であるということはすぐわかる事実だ。
「戦争はしたくない」しかし「安全保障は必要だ」
そうすると両者を結ぶ課題はどこにあるのだろう。
それは「抑止理論」を認めるか否かである。
オカブも元来、抑止理論には懐疑的であった。というか、大学で勉強した基盤が、当時の東西冷戦下の核の脅威と競争のもとで、抑止理論は悪であるという出発点から始まっていたからである。当時の論壇も朝日・岩波を中心にそれが主流だった。
しかし、以降、いろいろな事実を見るにつけ、抑止理論は現代において効力を持つという結論に至った。
これについて、一例をあげれば、海上自衛隊が冷戦を終結させたという事例はあまり知られていない。海上自衛隊のP3C対潜哨戒機の活動がオホーツク海のソ連ミサイル原潜の第二撃能力を無力化し、核バランスの均衡を崩し、結果としてソ連側からのデタント、ひいては雪解け、ペレストロイカ、ソ連崩壊へと繋がったのである。
これは抑止能力の正当性を証するもので、しかも当時からいわば「集団的自衛」が機能していたという事実なのである。

しかし、現日本国憲法上はこれすらも違憲であるという説にオカブは同調する。
憲法は当然ながら最高法規として、立憲主義に立つならば、硬性性を保ち、政治への拘束力を持つものでなければならないのは明白である。
しかし、国際情勢の変化により中国・北朝鮮の軍事バランスの上昇に伴って、日本の抑止力のレベルを上げなければならないのは明らかだ。
国際紛争が起これば、日本国憲法など、微塵に砕けるというということから目をそらせてはならない。
釈然としないのは、政府がPKO活動、国際貢献などと、集団的自衛権の行使をオブラードに包んで国民に目晦ましすることである。そんな姑息なプロパガンダを行わずに、堂々と国家の主権と国民の安全を守るために同盟国と集団的自衛権を行使するといえばよい。 
改めて、現状で憲法改正が不可能な以上、解釈改憲によって安保法制を整備するということは好ましいことではないかもしれないが、苦渋の正しい政治選択であったと言わざるを得ない。

四方の海波風騒ぐ梅雨の夜半   素閑 


キック・オフ・ミーティング@美登利寿司総本店

2015-06-28 23:35:22 | グルメ

さて、オカブ商会の新年度が始まって一か月弱が過ぎた。
非常に苦しい前期であったがなんとか乗り切った。
今期はどうなることやら。
しかし、こんな状況の中でも形ばかりの「キック・オフ・ミーティング」をしなければならぬ、と日曜の夕べ、名ばかり役員のかーたんと梅ヶ丘の美登利寿司総本店へでかけた。
実に庶民的な店とはいえ、鮨は鮨である。食えるだけでも御の字である。
まずは、冷たいビール。
勘八を切ってもらって、分厚く切った刺身をビールで喉を潤しながら平らげる。
次にビールから日本酒に切り替えて出羽桜。その次に八海山。
栄螺を刺身で切ってもらう。新鮮で歯ごたえがいい。
かーたんは海老、雲丹、イクラと好きなものを適当に食っている。
鮨だと、お腹にたまってしまうので鮟肝。
日本酒が進む。
締めに大トロと小肌を握ってもらってお仕舞。
結局、キックオフとは名ばかりで、ただ飲んで食っただけ。
まあ、「ええじゃないか」の精神である。
しかし、久しぶりに食う鮨は美味かった。
飲んで喰うだけならいつでもよい。また来よう。

<美登利寿司総本店>

 

銭金が心懸かりも鮨つまむ   素閑 


かーたんの音楽発表会

2015-06-21 23:56:39 | アート

かーたんが主催する音楽教室のピアノと歌の発表会が『中町ふれあいホール』であった。
かーたんは、毎年発表会をやっているが、この会場を使わせてもらっているのも、もう10年になるだろうか。
うちの音楽教室の発表会には規模が適当なこと、設備としては十分なこと、公共の施設なので使用料がリーズナブルで、各種イベント会場としてはいいレベルを行っているのに予約の競争が少なく、予約しやすいということがメリットだ。
しかし、一方で、交通の便に恵まれない、行くのに不便というデメリットもある。東急線上野毛駅から歩いて15分はかかる。
さて、生徒さんの連日のレッスン、楽譜つくり、CD作りなど、前1か月は、かーたんはほとんど徹夜で準備に取り組み、いよいよ本番の日を迎えた。
朝方、ぱらぱらと雨が降り出す中、ピアノの足台やかーたんのドレスをスーツケースに詰め込み、オカブの衣装をガーメントに詰め込み、ギブアウェイを段ボールのつめこみ、その他大荷物、小荷物を持って、タクシーに積み込んで出発。うちから『中町ふれあいホール』に20分ほどで着いた。
会場、設営を終わり、10時からリハーサル。ちなみにオカブもフルートで出演する。
13:30本番開始。
司会は例年おなじみのDさんだ。
前半は幼稚園生や小学生低学年で微笑ましい、演奏や唱歌を聞かせてくれた。
後半になると、力も入って、どの生徒さんも一年がかりで作った曲を思いの限り弾く。 素晴らしく成長した子ばかりだ。
ショパンを弾いた子は、ロマン派の曲想を自分なりに作りだし、感情のこもった小学生とは思えない演奏だった。
さて、最後の二人のスター選手。
ベートーベンのソナタを弾いた子は、テクニックは素晴らしいのだが、音楽性に乏しいのが課題か。
トリをとった子は『幻想即興曲』。成長ぶりから言ったら素晴らしい出来で努力賞。
かーたんの講師演奏はショパンのピアノ・プレリュードと、モーツァルトの歌曲、ウェーバーのオペラアリア。ピアノを暗譜でやったところ外してしまったといっていたがオカブは気づかなかった。
オカブはテレマンの12のフルートソロのためのファンタジーから10番。低音がうまく出ず、60点の出来。
すべてのプログラムが終わり記念撮影をして、スタッフ一同で撤収。
雨も上がって、陽がさしている。
再びタクシーに荷物を積み込み、ご帰館。17:30。
サミットで寿司とビール・飲み物を買ってきてささやかなお祝いをした。
かーたんもオカブも準備から本番までのハードなスケジュールと緊張で疲労困憊だったが快い疲労だった。

発表会梅雨の晴れ間のピアノかな   素閑


投票年齢が18歳に引き下げられた。

2015-06-18 14:41:09 | 国際・政治

投票年齢が18歳に引き下げられた。
昨日、参議院を法案が通過したとニュースでやっていた。
これから少子高齢化で、最も割を食うステークホルダーの若者にも投票権を与えないのは、片手落ちと見たのであろう。これは正しい。
このこと自体は、別にいいのだが、早速、高校で投票の模擬授業を行う教育を始めている。
しかし、この程度の教育で、若者の政治参加意識が根付くとは思わないし、そもそも、今の20歳以上の投票行動だって、見てみれば、文字通りのカリカチュアである。
物事の本質とは何か、から始まって、煽動的プロパガンダを流しているのはどこか、 本当の意思決定者はだれか、中心的利害関係者はだれか、なぜその政策が必要か、政策の中身は何か・・・・ふうっ、自分でも分からないことが多すぎるのだから、人に要求するのは無理筋だが、最低これくらいのことは認識しておいて、投票しなければ、若者に選挙権を与えたからと言って、政治は良くならないし、政治は良くならないとしても、合理的な投票行動はできない。
今のオカブはどこかモヤモヤしている。果たして表向き選挙による「民主政治」が最も良い政治形態なのであろうか?果たして、選挙だけで政治判断が下されるのであろうか、選挙だけが政治参加の方法で、他に圧力団体などの行動により意思決定が行われているのではないか?
こう考えてみると、今の社会に間接民主制、ましてや選挙のみによって、有権者に、お前らは政治参加の機会を与えているんだぞ、と思い込ませる手口は姑息である。なぜなら、労働組合、巨大企業、財界、メディア、市民団体を中心とする各種団体は、選挙などしなくても自分の思い通りに世の中を動かしているからである。
こういう、本質を分からなくちゃぁ。
一方で、選挙によって、彼らの動きを制肘するという考えも認められないわけではないが、逆に彼らによって投票行動が踊らされるという事態も考えられる。
まさに、有権者がどうやって自分の権利を守るのかの術も知らずに、形式的な「政治参加」を促しても、無意味この上ない。
まあ、非政治的人間でありノンポリのオカブとしてはそんなことはどうでもいいのだが、オカブは現代社会にフィットした最も理想的な政治的形態は「賢人政治」だと思う。
しかし、そこの永田町のあなた!ゆめゆめ自分が「賢人」で有権者は「衆愚」などとは考えめさるな!
これから馬鹿馬鹿しい永田町の猿どもを追い出して、若者に真に「賢人」になる教育を施して、入れ替えるのだ! 

 

梅雨空や隣家の赤子泣きゆるか   素閑 


蕎麦が届いた。

2015-06-16 16:38:08 | お惣菜

先日食べた、かーたんがお歳暮で貰った蕎麦が余りにも美味かったので、通販で二十把、購入した。
その蕎麦が今日、届いた。
『長野粉碾屋造り八割そば』である。<柄木田製粉株式会社>製である。 
一把220g263円。スーパーで売られている格安の乾麺と比べると、若干高いが、この美味さが分かれば、価格の差にも納得できる。
とにかく、腰の強さ、のど越しの良さ、味わいともに、通常の乾麺の域を超えている。
これから、気の向いたときに、心行くまで味わって、存分に食っていこうと思う。
楽しみである。

 人は皆去りてゆくのみ梅雨の空   素閑


『俺は蕎麦が大好きである』

2015-06-13 22:34:55 | グルメ

『俺は蕎麦が大好きである』
夏目漱石の坊ちゃんではないが、オカブは蕎麦とビールを口にするのが無上の楽しみ。
特に蕎麦は一日三食、365日蕎麦を食っていてもいいと思うほど、大好物である。
しかし、それほど食うとなると、いわゆる蕎麦の「銘店」で一枚1200円もするような蒸籠を食うなどというわけにはいかない。
それどころか、街のカツ丼なども出す蕎麦屋にも縁が遠くなる。
勢い、美味い蕎麦が食いたいのはやまやまだが、スーパーで一把200円足らずの乾麺を買ってきて、家で茹でて食うことで、蕎麦気狂いの虫を収めるしか財布の事情が許さなかった。
麺は美味くないが、最近は汁がだいぶ改良されてスーパーなどでも市販のものが一般的に売られているので、これでだましだまし蕎麦を味わったつもりになっていた。
ところが、今日たまたまかーたんが夕飯を作る暇がなかったので、かーたんがお歳暮で貰った、信濃の製の乾麺を茹でて食ってみて驚いた。 世の中にこんな美味い蕎麦があったのかと思えるほどの味わいである。街の蕎麦屋の蕎麦のレベルを完全に超えて、蕎麦の「銘店」でだすものに迫る勢いの美味さである。のど越しと腰の強さが違う。
この蕎麦は、長野市篠ノ井に本社のある柄木田製粉株式会社 製。
ホームページを見てみると、ポリシーも理念もしっかりしたものを謳っているし、労務管理や職場環境の改善にも力を入れているようだ。
ネットの時代である。悪い噂の立ったブラック企業として名高い某飲食業会社などが叩かれるのは当然のことだが、一方で柄木田製粉のようないい仕事をしている企業は消費者として大いに応援してやるべきだ。
通販もやっている。カードが使えないのがちょっと難点だが、蕎麦好きの方は一度試してみる価値はあるので、ホームページにアクセスしてみてはいかが?<柄木田製粉株式会社>である。別にオカブは回し者でもなんでもないのでご安心を。
お歳暮で貰ったセットに入っている種類の中で、まだ『長野粉碾屋造り八割そば』しか食っていないが、 『長野粉碾屋造り信州そば』と『更科そば』も食うのが楽しみである。
『信州信濃の蕎麦よりもわたしゃあなたの側がいい』 

 

青梅や古き町屋の軒端にて   素閑


インド・カレー

2015-06-06 23:12:10 | グルメ

外出のついでに下北沢でインド・カレーを食ってきた。
3年ほど前に『オオゼキ』の横にオープンした『印度』 である。
ここは何度か足を運んでいて、下北沢ではリーズナブルで気持ち良くカレーが食える店という感覚が定着していた。
ポークのカレーなどちょっと変なメニューもあるが決してまずくはない。
この日はいつものカレー・ご飯・ナン食べ放題・サラダ付きセット。980円也。
カレーは4種類で、チキンバターカレー、茸のカレー、野菜カレー、そしてポーク・キーマカレーである。
カレーは、本場インドはムンバイで、高級ホテルのバンケット。宿泊ホテルのレストラン、会社の社員食堂、大衆食堂と、ほぼカレーを食いまくったが、どこのものもそれなりに美味かった。ただ、日本のカレー屋のように、辛さをマイルドにしようという発想はないようで、どこのものもそれなりに辛かった。
ここの店のカレーはチキン・バターを除いてマイルド系。そこがちょっと物足りない。
ただ、作っているのは印度人の調理人だが、経営者が日本人なので日本人の好みに合わせているのであろう。
あと、日本のインド料理屋全般に言えることなのだが、ご飯がインディカ米でなく日本の粳米なのが致命的。やはりインド・カレーはインディカ米で食わないと美味くない。 まあ関税とか貿易制限でなかなか思い通りにはいかないのであろう。
食べ放題なので食いに食って、ナンは3回お代わりしてカレーは数知れずお代わりしてご飯も食べて、もう動けないというところまで食って店を出た。
店から見れば儲からない客だと映ったであろう。 
アサヒ・スーパードライの中瓶が300円なので飲みたかったが、食べ放題とビールは決して両立しない。このことを飲食店経営者諸子はしっかりと頭に入れておく必要があるだろう。
ふらふらしながら下北沢から家まで帰った。

暮れてなお残照長き六月や   素閑 

 


クール・ビズ

2015-06-01 19:23:34 | 社会

我が家の庭に紫陽花が咲いている。
もう鬱陶しい梅雨の季節が来たのかと思うと、憂鬱になるやらちょっと感慨深いやら。
シーボルトは日本での愛人のことを「マクロフィラ」と呼んだ。紫陽花のことである。なにか物悲しい。

ところでこの季節になるとあらわれる一つの風物詩がいわゆる「クール・ビズ」。
オカブはこの習慣を苦々しく思っている。
特に永田町の政治家どもがこの格好をしていると腹立たしくなってくる。
どうせ一日、涼しいところにいて移動も車なんだろ?なんでそんな恰好するんだよ?ちゃんとネクタイしろよ。と言いたい。
どうしても涼しい恰好をして節電なら何やらを訴えたいなら、ジャケットなんかを着ずにもっとカジュアルな格好いいウェアで決めればいい。
とにかく、今のスーツの上下にドレスシャツでネクタイだけしない姿は見苦しくてしようがない。
日本の夏は熱帯よりも暑いのだから、夏用のビジネスウェアが開発されていいと思う。
ハワイではアロハシャツが正装で、結婚式やパーティーでもちゃんとした礼装として受け入れてもらえるそうである。
立派な知恵だと思う。ちなみにアロハシャツは、明治時代の日本からのハワイ移民が、和服の古生地を使って作り出したものがオリジナルというから少し誇らしい気分になる。
バーミューダでは、バーミューダ・ショートパンツに上はブレザー&タイ、膝下までの靴下に革靴が銀行員などのお堅いビジネスマンの正装なのだそうだ。
ちょっと暑そうだがこれもユニークでよい。
とにかく、アロハシャツでもかりゆしでもいいから日本独自の快適で見栄えのいいフォーマルなシーンでも着られるサマーウェアを開発してほしい。
とにかく見た目が暑苦しくて見苦しい、ネクタイだけ外した背広姿は願い下げである。

紫陽花や今日は友の百回忌   素閑