昼のガスパール・オカブ日記

閑人オカブの日常、つらつら思ったことなど。語るもせんなき繰り言を俳句を交えて独吟。

ムッティス・クーヘンで午後の一時

2016-04-30 17:14:11 | グルメ

大型連休に入り、何も予定のない我が家は、今年のGWは月・金を休めば10連休なり~・・・という世間のプレッシャーから身を守るのに四苦八苦。
とにかく、どこにも行かない、金を使わないの、安近短でこの期間を乗り越えることに決めた。
そうは言っても、レジャーとまではいかないまでも、それなりの息抜きはしたい。
そこで土曜の午後、代沢十字路のドイツ菓子『ムッティス・クーヘン』にかーたんと行って、お茶の一時を楽しんできた。
かーたんは大好物のフランクフルタークランツ、オカブは苺のタルト。
キリマンジャロコーヒーもイージードリップとはいえ香り高い。
美味しいお菓子で午後のヤウゼを楽しみ貴重な一時を過ごした。
店のフラウとの話題は今夏のウィーン行きのこと。
羨ましい限りだ。
でも、夏はオペラはやってないよねえ、ということで行けない我が身を慰める。
サミットで夕飯のおかずを買って傾く初夏の陽を受けてご帰館。

青葉時妻と過ごせる茶館かな   素閑


 


夏風邪をひいてしまった。

2016-04-29 21:18:18 | 健康・病気

先週から、喉の調子がなにかひりひりすると思っていたのだが、一昨日から本格的に風邪をひいてしまった。
昨日の最高体温は38度6分。しかし、なんとか手持ちのいつかもらってきた残りの処方薬で治した。
今日は熱は下がって平熱。
しかし、まだ喉が痛いのと、熱の余波で身体がほぁんほぁんする。 
一日中ごろごろしていた。
折角のゴールデンウィークというのにまったくついていない。
夕飯は、刺身を擂り胡麻と味醂醤油、山葵に漬けこみ卵黄を乗せ、酢飯にかけただけという、至って簡単な『満足飯』。
『満足飯』については、いままで嫌というほど書いたので、過去の複数のエントリーを参照していただきたい。
連休後半には、このダメージをリカバーする積りである。

病む床で今日は天皇誕生日   素閑 


2008年3月ズービン・メータ指揮『運命の力』ウィーン国立歌劇場

2016-04-24 04:37:25 | アート

2008年3月、ウィーン・シュターツオパーでズービン・メータ指揮ベルディの歌劇『運命の力』の鑑賞した。
歴史的名演と言われているので、過去にHPにも載せたが、本ブログに再掲する。
この演目はプルミエということもあり、チケットがあっという間に売り切れ、観るのを諦めていたのだが、ふとカルチュラルのサイトを覗くとパルケットに一席、空があったので急いで予約した。
配役は
指揮・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Zubine Mehta
カラトーヴァ
グァルディアーノ神父・・・・・・・・・・・・・・・・Alastair Miles
レオノーラ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Nina Stemme
ドン・カルロ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Carlos Alvarez
アルヴァーロ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Salvatore Licitra
プレジオーシラ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Nadia Krasteva
トラブコ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Michael Roinder
アルカルデ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Dan Paul Dumitrescu
チルルガス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Clemens Unterreiner
クッラ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Elizabeta Marin


舞台は、もう素晴らしく凄いのは当たり前になってしまった。

パーチェのアリア『神よ平和を』も、ドン・カルロも素晴らしい。
しかし惜しむらくは、席が平土間だったということだ。音響が悪い悪い。
これがミッテルロジェで聴けたら、どんなにより素晴らしいかと悔やまれた。オペラ座でミーハー的に舞台の近くに座るのではなく(オカブも十分、ミーハーだが)、本格的な音楽を楽しみかつ金に糸目をつけない方は、ぜひミッテルロジェに席を取ることをお薦めする。
さて、舞台がはね、カーテンコールが佳境にさしかかると観客総立ちで、スタンディング・オベーションの嵐。
とにかく凄い公演だった。
さて、素晴らしいオペラ鑑賞が終わり、今晩はご馳走を食べようと、いつものホテル、ザッハーのレストラン『ローテ・バー』に予約を入れてあったので、早速ご入店。
去年の給仕長が健在で
「ミスター・オカブ。よくいらっしゃいました」
と迎えてくれる。
オカブの本名は、ある国際ブランドと同名で、これがソニーさんやニンテンドー君なら人の名前にならないが、オカブの場合そうではないので、外国人に名前を覚えられるのに便利だ。
アペリティフのキール・ロワイヤルを舐めながら、ボーイ君に
「料理の写真を撮っていいかね?」
「うーん。あまりお薦めできないのですが、まあいいでしょ」
「あそう。じゃ遠慮なく」
などと会話をしていると
なっ!なっ!なんと!!!!

このお方がご入店になられたではありませんか!!!!
誰ですって?あの偉大なマエストロ、ズービン・メータ様ですよ!
オカブの頭はこの瞬間真っ白になったのだった。
それからそれから次々とファンの声援とサインを終えたであろう歌手の皆様もご入店。
サルヴァトーレ・リチートラもカルロス・アルヴァレスもいる!
もう、オカブは食事どころではなくなった。
ボーイ君を呼んで
「あのー、そのさー、なんつーか、マエストロに写真を撮っていいかどうか聞いてくれない?」
「それは無理ですよ。私は彼を良く知っています。とても気難しい方です。ご自分で頼まれてはいかがですか?」
がーん!
しかし、ここでひるんではいけない。
マエストロはちょうどオカブの正面に座って食事をなされている。その距離5メートル。否が応でも顔が目に入ってしまう。目をあわさないだけでも大変である。
マエストロはオカブと同じ牛肉のタルタルの前菜と、シュニッツェルで至極、満足に食事をなされていた。
どうも、仕切り屋らしく、料理の注文も仕切っていたし、一同の話題も独占していた。
ただし、宗教的な理由であるかは定かではありませんが、ワインはお召し上がりにならず、ずっと水をお召し上がりだった。ちなみにマエストロはパールシー(インド在住のイラン系のゾロアスター教徒)である。
さて、デザートである。
ここで勇気を出さなくてはオカブの男がすたる。
すくっと席を立って、マエストロのテーブルにつかつかと近づくと(実際はガクブル状態)、
できる限りを尽くして慇懃にご挨拶させていただいた。
「そ、そ、そ、尊敬すべきマエストロ。そして大歌手の皆様。ここで不躾にご挨拶をさせていただくのをお許しください。今晩の公演を拝見させていただいてわたくしめがどんなに感動しているかご想像ができますでしょうか。そして、この場で同席する栄に浴して、わたくしめは感動に打ち震えているのでございます」
す!す!するとマエストロが

「ほう、あんたどこから来たの?」
とご質問なさるではありませんか。
「は、わたくしめは日本から参りましたでございます」
するとナディア・クラステヴァが
「日本のどこから?」
「は、東京でございますですであります」
「あら、東京?わたし何回か行ったことがあるわ」
「さ、さようでございますか。(ふ~)」
「マ、マ、マエストロ。まことにご無礼とは存じますが、お写真など撮らせていただくわけには参りませんでしょうか?はい」
「写真?いいけど、私の隣はふさがっていて、あんたをどうやって入れるかなあ?」
「め、滅相もございません。マエストロ。あなたとツーショットなどなんともったいない。あなたのお写真だけで結構でございます」
そこで、震える手で撮ったのが下の写真だ。
ついでに携帯カメラでマエストロが談笑している姿を撮らせていただき、かーたんに早速メールで送った。
すると「あんたの二番目のカメラでは撮らないのかい?」
「マエストロ。このカメラは携帯電話でしてフラッシュがついていないので、光らないのでございます」
こんな時をもって、飯は喉を通らなかったのだった。
しかし、後から思い返すと、大変美味であったことは、言うまでもない。
ソムリエ君に薦められるままにコニャックまで飲んで、勘定を済ませ、マエストロご一党様にお別れのご挨拶。
「今晩は身に余る光栄でございまして、これからの皆様方のご活躍をお祈りいたしますでございます。またとんでもないご無礼をお許しくださいまして感謝感激でございます」
「そう。あなたもグッドラック!」
ううう、なんというもったいないお言葉。
ザッハーからホテルまで地に足が着かない夜道の帰路だった。
感動の晩の一幕。チャンチャン
ただ、ホテルに帰り、オカブはある日本人とイギリス人のこんなやり取りのエピソードを思い出した。
あるとき二人がハイドパークを散歩していると、ローレンス・オリヴィエが通りかかった。
日本人はすぐに気づきましたが、イギリス人にこう言われたそうだ。
「気づかない振りをしておきましょう。サーは今、とてもお寛ぎなのです」
いや、マエストロの話とは特に関係はないが・・・
ただ、翌日、ケルントナーを歩いていると、カルロス・アルヴァレスが通りかかり、お互い笑顔であいさつを交わしたという後日談がある。

薔薇一束捧げんとする歌劇場   素閑 

 


行者葫

2016-04-24 03:50:45 | グルメ

行者葫などという野菜を知ったのはいつ頃のことだろうか?
確か、深田久弥さんの紀行エッセイ『瀟洒なる自然』のなかの一節を読んでからだろうと思う。
この中で、深田さんは行者葫を絶賛していた。
当時は、山慣れた人にしか手に入らない、貴重な山菜であったようだ。
しかし、今では、この季節になると、どこのスーパーでも八百屋でも手に入る。
多分、栽培されたものであろう。
葷臭も、深田さんが言うようには強くないようだ。
しかし、オカブにとっては、毎年の季節の味覚になってしまった。
今年も、太子堂の『おおくぼ』で山になって売っていた。一束158円という安さである。二束買った。
家に帰り、味噌をつけて、生で齧り、酒のつまみとした。深田さんの言うような、そんなに美味いという物とも思えない。
しかし、行く春を惜しむ味わいが感傷を誘う。

幼子の手を引く母と燕見ゆ   素閑

 


Spargel(シュパーゲル)を食す。

2016-04-22 01:00:10 | お惣菜

今日、太子堂の商店街を歩いていて、青果店に入ると白アスパラガスが売っていた。
白アスパラガスと言っても、日本人はぴんと来ないだろうが、ドイツ語圏の人間にとっては、春から初夏にかけて、まさに白アスパラガス狂想曲であり、「もう白アスパラガスを食べた」「まだ白アスパラガスを食べていない」などといった興奮が入り混じった話題となる。
ドイツ語で「アスパラガス」のことをSpargel(シュパーゲル)と呼ぶ。これはアスパラガス全般を指すのだが、ドイツ人はそうは取らない。ドイツ人にとってはシュパーゲルとは白アスパラガス一択である。 
特に立派な白アスパラガスをSolo Spargel(ソロ・シュパーゲル)と呼ぶ。
彼らは、普通、塩茹でにして食う。
そこでオカブも、塩茹でにして、溶かしバターにマヨネーズを混ぜたソースをかけた。
それにプロシュート(生ハム)と茹でたポテトとベーコンを添えた。
だいぶウィーン風料理になった。
ビールもつける。
美味い。
今は、気温は低いが初夏へまっしぐらである。
春は去り夏がやってくる。

芽吹き時厨仕事も楽しげに   素閑


 


ムッティスクーヘンでJause(ヤウゼ)

2016-04-20 13:23:47 | グルメ

久しぶりに、かーたんと三茶へ買い物に出かけた。
かーたんの虚血性大腸炎による腹痛は大分おさまってきた。ただ、まだ少し、お腹が痛いそうだ。
さらには、来月には大腸癌の手術も控えている。
精神的なストレスは余程のものだろう。
そこで、夕飯のおかずのお使いの途中で、代沢十字路のムッティスクーヘンでJause(ヤウゼ)をして、少し憂さを晴らそうということになった。。
「ヤウゼ」とは、本来ドイツ語で「粉」の意味だが、お菓子好きのウィーンっ子が、午後のおやつとお茶の時間に粉でこしらえたお菓子を食べたことから、3時のおやつのことを呼びならわしたものだ。
南向きのテラスに、ちょっとした椅子とテーブルがあり、なにやらシャニガルテンの雰囲気。
結構なお庭を眺めながら、フラウ特製のアップフェルシュトゥルーデルとキリマンジャロの珈琲をいただく。
アップフェルシュトゥルーデルはこの時期に食べられるとは思わなかったが、味わい深いリンゴと、ケーキ生地の出来合い、そしてスタッフのナッツが絶妙な食べ心地を出している。
フラウが、7月にお菓子の関係の仕事で、ウィーンに行くという話を羨ましがって聞きながら、思わず、午後のお茶の時間が長くなった。

躑躅咲き午後の長きに所在なし   素閑


東京医療センター外科外来

2016-04-18 17:05:58 | 健康・病気

かーたんの大腸癌の治療で、外科手術のスケジュールを聞くため、また東京医療センターに行ってきた。
13:30の予約だったが、大分早く病院に着いたので、手持無沙汰。
病院の食堂で、昼食をとることにする。
かーたんはきつねうどん。オカブはざるそば。
二人の風体とこのメニューを横目で見た食事客は、哀れな心細い老夫婦がなけなしの金で、もそもそ昼飯を食っていると取っただろう。
なんともやるせないが、実際、その通りだから仕方がない。
かーたんはうどんを、オカブはそばをつるつると言葉少なにすする。
外科の医者は、虚血性大腸炎の治りを見て、切除手術に入るという。この手術はS字結腸をすべて切り取って、直腸と大腸を縫合するというものだ。知り合いの医者に聞くと手術としては、そんなに重いものではないという。しかし、体に傷のつくことは、ケンカの怪我で額を三針縫ったことぐらいしかないオカブとしては大いに恐ろしい。 
それで問題は虚血性大腸炎だが、5月の半ばに入院して内視鏡検査をし、治癒の具合を見ることになった。
そこで再び、消化器科に回される。
なんだかんだで病院に半日釘づけにされた。しかしこれだけの大病だ。仕方あるまい。
渋谷行きのバスで三茶周りで帰った。

空昏く妻植うる苺咲きにけり   素閑 


ウィスキーにしてみた。

2016-04-18 01:55:18 | お酒

一時、ビールに転換しかかったが、500ml缶二缶都合一リットルで約600円分飲まなければ気の済まないオカブとしては、コスパが悪すぎる。
これから、かーたんの大腸がんの治療費もかかることだし、切り詰めて経済的に行くことにする。
西友で、なんチャラマッカランというウィスキーらしきもの、一瓶690円也というのを買ってきた。
昨夜の徹夜分、ホワンとした気分になる寝酒にするために、ロックで飲んだ。
やはり690円分の酒である。
しかし、身分相応、十分すぎる品柄だ。
今後、こんなところから切り詰めていこうと思う。

行く春や淡き出会い永久におもゆ   素閑 


東京医療センターに行ってきた。

2016-04-09 13:41:54 | お出かけ

かーたんの大腸癌が発見されて5日目。
東京医療センターの外来に行ってきた。
胃カメラの内視鏡検査を受けるためである。
一昨日はCTスキャンを受けてきた。これら一連の検査で、手術や、これからの治療戦略が決まるという。
検査結果は来週水曜に分かる。
大腸から転移していると、手術プラス抗がん剤治療になるらしい。
東京医療センターには桜の木があった。今はもう葉桜である。
しかし、今日はいい天気で麗らかな春爛漫だ。 

散る桜来る年に咲け永久に咲け   素閑


花祭り。

2016-04-08 12:06:44 | 悩み

今日は、いわゆる「花祭り」である。
2500年の昔、4月8日の今日、釈尊が「天上天下唯我独尊」と産声を上げ、ルンビニの園で生まれたとされる。
今日は、どこの寺院でも、釈尊を祀った花御堂を飾り、参詣客を迎える。
そこで、病院の帰り、淡島の森厳寺に寄ってきた。
ところで、かーたんの生体組織検査の結果が一昨日の火曜日に出た。
結果は大腸癌だった。
この事実を繰り返し繰り返し反芻したこの一両日だが、淡々とした日常が淡々と過ぎていくばかりだ。
かーたんもそんなに落ち込んでいない。
しかし、事の大小はあるものの命の危機を伴うことには違いない。
縁起でもないと言われるかもしれないが、死後の世界について、キリスト教界では統一見解がない様だ。
これまで何人かの牧師から「神の国」、「復活の後」、「天国と地獄」、そして「死後の世界」についての考えを聞いたことがあるが、答えは十人十色だった。
こういう教義上の重大問題にも統一したものがないということで、他は推して知るべしだが、「天国と地獄」についてアメリカの神学者ティム・ケラー師が興味深いことを語っていた。お手元に聖書のある方はルカによる福音書16章19節から31節をお読みいただきたい。有名な金持ちと乞食のラザロの一編である。ここをひもといてケラー師は死とは、ご破算に願いましてプラマイゼロの世界だという。すなわち、プラス10で生きてきた者は死によって10を失い、マイナス10によって生きてきた者は死によって10を得るという。だから失う者にとっては死は地獄であり、得る者にとっては死は天国であるとのことだ。首肯した。
死は全く誰にでも平等にやってくる。
我々はもっと死において開き直っていいし、死を誇っていいと思う。
堂々と大往生を遂げるのも、人を救った代わりに犠牲となった尊いとみなされる死も、見苦しく「死にたくない。苦しい」とのたうった死も、死という事実には変わりはない。
どのように立派な教説を垂れても、誰にも惨めな死は訪れる。
どんな見苦しい生を送ってきても、誰もが死によって清算される。逆にどのような立派な生を送ってきても死によってご破算になる。
死は、まったく平等だ。
だから、誰もが死を誇ってよいのだ。
花祭りの日、ケラー師の講演を聞きながら、うちらは得る者だなあ、と思いながらこんなことを考えた。

仏性の命ながらめ灌仏会   素閑