2008年3月、ウィーン・シュターツオパーでズービン・メータ指揮ベルディの歌劇『運命の力』の鑑賞した。
歴史的名演と言われているので、過去にHPにも載せたが、本ブログに再掲する。
この演目はプルミエということもあり、チケットがあっという間に売り切れ、観るのを諦めていたのだが、ふとカルチュラルのサイトを覗くとパルケットに一席、空があったので急いで予約した。
配役は
指揮・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Zubine Mehta
カラトーヴァ
グァルディアーノ神父・・・・・・・・・・・・・・・・Alastair Miles
レオノーラ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Nina Stemme
ドン・カルロ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Carlos Alvarez
アルヴァーロ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Salvatore Licitra
プレジオーシラ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Nadia Krasteva
トラブコ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Michael Roinder
アルカルデ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Dan Paul Dumitrescu
チルルガス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Clemens Unterreiner
クッラ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Elizabeta Marin
舞台は、もう素晴らしく凄いのは当たり前になってしまった。
パーチェのアリア『神よ平和を』も、ドン・カルロも素晴らしい。
しかし惜しむらくは、席が平土間だったということだ。音響が悪い悪い。
これがミッテルロジェで聴けたら、どんなにより素晴らしいかと悔やまれた。オペラ座でミーハー的に舞台の近くに座るのではなく(オカブも十分、ミーハーだが)、本格的な音楽を楽しみかつ金に糸目をつけない方は、ぜひミッテルロジェに席を取ることをお薦めする。
さて、舞台がはね、カーテンコールが佳境にさしかかると観客総立ちで、スタンディング・オベーションの嵐。
とにかく凄い公演だった。
さて、素晴らしいオペラ鑑賞が終わり、今晩はご馳走を食べようと、いつものホテル、ザッハーのレストラン『ローテ・バー』に予約を入れてあったので、早速ご入店。
去年の給仕長が健在で
「ミスター・オカブ。よくいらっしゃいました」
と迎えてくれる。
オカブの本名は、ある国際ブランドと同名で、これがソニーさんやニンテンドー君なら人の名前にならないが、オカブの場合そうではないので、外国人に名前を覚えられるのに便利だ。
アペリティフのキール・ロワイヤルを舐めながら、ボーイ君に
「料理の写真を撮っていいかね?」
「うーん。あまりお薦めできないのですが、まあいいでしょ」
「あそう。じゃ遠慮なく」
などと会話をしていると
なっ!なっ!なんと!!!!
このお方がご入店になられたではありませんか!!!!
誰ですって?あの偉大なマエストロ、ズービン・メータ様ですよ!
オカブの頭はこの瞬間真っ白になったのだった。
それからそれから次々とファンの声援とサインを終えたであろう歌手の皆様もご入店。
サルヴァトーレ・リチートラもカルロス・アルヴァレスもいる!
もう、オカブは食事どころではなくなった。
ボーイ君を呼んで
「あのー、そのさー、なんつーか、マエストロに写真を撮っていいかどうか聞いてくれない?」
「それは無理ですよ。私は彼を良く知っています。とても気難しい方です。ご自分で頼まれてはいかがですか?」
がーん!
しかし、ここでひるんではいけない。
マエストロはちょうどオカブの正面に座って食事をなされている。その距離5メートル。否が応でも顔が目に入ってしまう。目をあわさないだけでも大変である。
マエストロはオカブと同じ牛肉のタルタルの前菜と、シュニッツェルで至極、満足に食事をなされていた。
どうも、仕切り屋らしく、料理の注文も仕切っていたし、一同の話題も独占していた。
ただし、宗教的な理由であるかは定かではありませんが、ワインはお召し上がりにならず、ずっと水をお召し上がりだった。ちなみにマエストロはパールシー(インド在住のイラン系のゾロアスター教徒)である。
さて、デザートである。
ここで勇気を出さなくてはオカブの男がすたる。
すくっと席を立って、マエストロのテーブルにつかつかと近づくと(実際はガクブル状態)、
できる限りを尽くして慇懃にご挨拶させていただいた。
「そ、そ、そ、尊敬すべきマエストロ。そして大歌手の皆様。ここで不躾にご挨拶をさせていただくのをお許しください。今晩の公演を拝見させていただいてわたくしめがどんなに感動しているかご想像ができますでしょうか。そして、この場で同席する栄に浴して、わたくしめは感動に打ち震えているのでございます」
す!す!するとマエストロが
「ほう、あんたどこから来たの?」
とご質問なさるではありませんか。
「は、わたくしめは日本から参りましたでございます」
するとナディア・クラステヴァが
「日本のどこから?」
「は、東京でございますですであります」
「あら、東京?わたし何回か行ったことがあるわ」
「さ、さようでございますか。(ふ~)」
「マ、マ、マエストロ。まことにご無礼とは存じますが、お写真など撮らせていただくわけには参りませんでしょうか?はい」
「写真?いいけど、私の隣はふさがっていて、あんたをどうやって入れるかなあ?」
「め、滅相もございません。マエストロ。あなたとツーショットなどなんともったいない。あなたのお写真だけで結構でございます」
そこで、震える手で撮ったのが下の写真だ。
ついでに携帯カメラでマエストロが談笑している姿を撮らせていただき、かーたんに早速メールで送った。
すると「あんたの二番目のカメラでは撮らないのかい?」
「マエストロ。このカメラは携帯電話でしてフラッシュがついていないので、光らないのでございます」
こんな時をもって、飯は喉を通らなかったのだった。
しかし、後から思い返すと、大変美味であったことは、言うまでもない。
ソムリエ君に薦められるままにコニャックまで飲んで、勘定を済ませ、マエストロご一党様にお別れのご挨拶。
「今晩は身に余る光栄でございまして、これからの皆様方のご活躍をお祈りいたしますでございます。またとんでもないご無礼をお許しくださいまして感謝感激でございます」
「そう。あなたもグッドラック!」
ううう、なんというもったいないお言葉。
ザッハーからホテルまで地に足が着かない夜道の帰路だった。
感動の晩の一幕。チャンチャン
ただ、ホテルに帰り、オカブはある日本人とイギリス人のこんなやり取りのエピソードを思い出した。
あるとき二人がハイドパークを散歩していると、ローレンス・オリヴィエが通りかかった。
日本人はすぐに気づきましたが、イギリス人にこう言われたそうだ。
「気づかない振りをしておきましょう。サーは今、とてもお寛ぎなのです」
いや、マエストロの話とは特に関係はないが・・・
ただ、翌日、ケルントナーを歩いていると、カルロス・アルヴァレスが通りかかり、お互い笑顔であいさつを交わしたという後日談がある。
薔薇一束捧げんとする歌劇場 素閑