まったく妙な夢を見ていたのです。
とは言っても、楽しかったのか、恐かったのか、辛かったのか起きてみたらすっかりわから無くなっていて、ある音だけが耳にこびりついています。それは例えばペン先で硬質の紙の上を引っかくような音でした。
夢から引き剥がされて、現実との間で宙吊りになっているような時間があります。
薄暗がりの中でどちらの世界に留まっていようかと判断のつかないまま、いつものように紅茶を入れて、カップの中のあつい液体が描く軌跡を追っていると、入り口のドアの向こうに何者かの気配がしたのです。
そのうちに先ほどの夢の中で聞いたようなカリカリと言う音も聞こえてきて、仕舞いに“バサッ”と大きな音がしたのでドアを開けると、玄関のライラックの花の香が風にのって動いたように感じましたが、誰もいないのです。
足元に視線を落とすと、真っ白な封筒がいかにも律儀な感じにおいてあるのが見えました。
封筒を拾い上げると表にも裏にも何も書かれていないのですが、中に数枚の紙が入っているような手ごたえがあります。
私宛に届いたのかどうかはっきり記されていないので、それを部屋に持って入ったものの机の上において少し途方に暮れてしまいました。
取りあえず、新しく注いだお茶をすすりながら朝ごはんのしたくを始める事にしました。
真っ白く汚れ一つ無い封筒の存在が気になって仕方ないのに、その誘惑を振り切っていつものようにゆっくりと朝食をとることにしました。
グラスになみなみと注いだオレンジジュースを飲み干し、丸いパンをナイフで半分に切り分け、バターを隅々まで丁寧に塗り付け、オレンジマーマレードをその真ん中に乗せます。
光を煮つめたらこんな風に見えるのかもしれないマーマレードを眺めながら、パンの端に齧りつくと、すぐにはマーマレードには辿りつかず、ぺっとり鼻の頭にぶつかりました。
ミルクを入れたエスプレッソの香りはいつものように目覚めを助けてくれます。
サイコロに切ったチーズが皿の上にピラミッドを築いていて、5日前に蒔いたアルファルファはピラミッドの裾に広がる緑の草原です。
そういえば、この間歩き回った廃墟の瓦礫山とその周りの空き地にも似ています。
朝ごはんを終えて、皿を洗い流し、水をぬぐって棚にしまい、流しを片付け、大振りのカップになみなみとミルク入りエスプレッソをもう一杯入れて、先ほどの白い封筒の前に改まって座りました。
一体誰が書いたものなのだろう?本当に私宛なのだろうか?
恐る恐る注意深く封を開けると、中には数枚の便箋が、やはり律儀に折りたたまれて入っていました。
便箋を取り出して広げて見ると、そこには何か書いてある事が感じられるのに文字が見えないのです。
便箋は4枚重なっており、どの紙にも何かが書かれているらしい事がわかります。
陽に透かして見ても何も見えないし、匂いをかいで見るとほんのわずかにライラックの香がしました。
思いついて台所の電気プレートで便箋を暖めて見ると、間もなく矢車草色の文字が現れ始めたので、好奇心でいっぱいになりました。
「この文字は紙が冷えてしまうと消えて行きますから早く読むこと。」
とぎこちない文字で書かれた注意書きが先ずあらわれました。
「貴方は先日XX市の○○文具店にて”Encre Invisible”をお求めになりました。」
と続いています。
確かに私は先週末Encre Invisibleと表書きのある美しいインクを手に入れたのです。
廃墟の瓦礫山の近くにあるその店は、こぎれいで整然とした棚が並ぶモダンな文具屋です。
様々な紙が重ねられて並んでいる間に、唐突な感じでこのインクがあったので、目を引いたのでした。
良く見れば“あぶりだし用”のインクらしい事がわかりました。
見えないインクなんて楽しいし、こういうものが私は大好です。
インクを買って家に戻ってから、誰あてに、何を書こうかと思い巡らせながら、便箋にいたずら書きをしただけでその日は終わりました。
「貴方があのインクをお使いになったその時、私の“本”に貴方の名前があらわれました。そのインクはそういう物なのです。」
○ ○ ○ ○ ○
調子に乗って、前置きみたいな小話が長くなってしまった。
話の続きは、まだ見えないインクの文字が現われてこないのでわからない。
。。。。。とお茶を濁しつつ冷や汗かきながら退場してしまうことにします。
これがそのインク
このインクで書いて暖めると文字は現われる。
楽しいでしょう?
兎に角、さき一昨日こんなインクを見つけて嬉しくなって買ったのだった。
とは言っても、楽しかったのか、恐かったのか、辛かったのか起きてみたらすっかりわから無くなっていて、ある音だけが耳にこびりついています。それは例えばペン先で硬質の紙の上を引っかくような音でした。
夢から引き剥がされて、現実との間で宙吊りになっているような時間があります。
薄暗がりの中でどちらの世界に留まっていようかと判断のつかないまま、いつものように紅茶を入れて、カップの中のあつい液体が描く軌跡を追っていると、入り口のドアの向こうに何者かの気配がしたのです。
そのうちに先ほどの夢の中で聞いたようなカリカリと言う音も聞こえてきて、仕舞いに“バサッ”と大きな音がしたのでドアを開けると、玄関のライラックの花の香が風にのって動いたように感じましたが、誰もいないのです。
足元に視線を落とすと、真っ白な封筒がいかにも律儀な感じにおいてあるのが見えました。
封筒を拾い上げると表にも裏にも何も書かれていないのですが、中に数枚の紙が入っているような手ごたえがあります。
私宛に届いたのかどうかはっきり記されていないので、それを部屋に持って入ったものの机の上において少し途方に暮れてしまいました。
取りあえず、新しく注いだお茶をすすりながら朝ごはんのしたくを始める事にしました。
真っ白く汚れ一つ無い封筒の存在が気になって仕方ないのに、その誘惑を振り切っていつものようにゆっくりと朝食をとることにしました。
グラスになみなみと注いだオレンジジュースを飲み干し、丸いパンをナイフで半分に切り分け、バターを隅々まで丁寧に塗り付け、オレンジマーマレードをその真ん中に乗せます。
光を煮つめたらこんな風に見えるのかもしれないマーマレードを眺めながら、パンの端に齧りつくと、すぐにはマーマレードには辿りつかず、ぺっとり鼻の頭にぶつかりました。
ミルクを入れたエスプレッソの香りはいつものように目覚めを助けてくれます。
サイコロに切ったチーズが皿の上にピラミッドを築いていて、5日前に蒔いたアルファルファはピラミッドの裾に広がる緑の草原です。
そういえば、この間歩き回った廃墟の瓦礫山とその周りの空き地にも似ています。
朝ごはんを終えて、皿を洗い流し、水をぬぐって棚にしまい、流しを片付け、大振りのカップになみなみとミルク入りエスプレッソをもう一杯入れて、先ほどの白い封筒の前に改まって座りました。
一体誰が書いたものなのだろう?本当に私宛なのだろうか?
恐る恐る注意深く封を開けると、中には数枚の便箋が、やはり律儀に折りたたまれて入っていました。
便箋を取り出して広げて見ると、そこには何か書いてある事が感じられるのに文字が見えないのです。
便箋は4枚重なっており、どの紙にも何かが書かれているらしい事がわかります。
陽に透かして見ても何も見えないし、匂いをかいで見るとほんのわずかにライラックの香がしました。
思いついて台所の電気プレートで便箋を暖めて見ると、間もなく矢車草色の文字が現れ始めたので、好奇心でいっぱいになりました。
「この文字は紙が冷えてしまうと消えて行きますから早く読むこと。」
とぎこちない文字で書かれた注意書きが先ずあらわれました。
「貴方は先日XX市の○○文具店にて”Encre Invisible”をお求めになりました。」
と続いています。
確かに私は先週末Encre Invisibleと表書きのある美しいインクを手に入れたのです。
廃墟の瓦礫山の近くにあるその店は、こぎれいで整然とした棚が並ぶモダンな文具屋です。
様々な紙が重ねられて並んでいる間に、唐突な感じでこのインクがあったので、目を引いたのでした。
良く見れば“あぶりだし用”のインクらしい事がわかりました。
見えないインクなんて楽しいし、こういうものが私は大好です。
インクを買って家に戻ってから、誰あてに、何を書こうかと思い巡らせながら、便箋にいたずら書きをしただけでその日は終わりました。
「貴方があのインクをお使いになったその時、私の“本”に貴方の名前があらわれました。そのインクはそういう物なのです。」
○ ○ ○ ○ ○
調子に乗って、前置きみたいな小話が長くなってしまった。
話の続きは、まだ見えないインクの文字が現われてこないのでわからない。
。。。。。とお茶を濁しつつ冷や汗かきながら退場してしまうことにします。
これがそのインク
このインクで書いて暖めると文字は現われる。
楽しいでしょう?
兎に角、さき一昨日こんなインクを見つけて嬉しくなって買ったのだった。