ジョージ・W・ブッシュ大統領を陰で操り、9.11後のアメリカをイラク戦争に導いたとされるディック・チェイニー副大統領の半生を描いたコメディテイストの社会派ドラマ。「マネー・ショート 華麗なる大逆転」(The Big Short) のアダム・マッケイが監督を務め、クリスチャン・ベールがチェイニーを演じています。
1960年代、ワイオミング。イェール大学を中退し、地元で電気工事の仕事に就いていたチェイニー(クリスチャン・ベール)は、後の妻となる恋人リン(エイミー・アダムス)の伝手でホワイトハウスのインターンに採用されます。そしてラムズフェルド(スティーヴ・カレル)のもとで働き、政治の世界で頭角を現していきます。
大統領首席補佐官、国防長官を歴任した後、一時は実業家として政治の世界から距離を置きますが、ジョージ・W・ブッシュ大統領(サム・ロックウェル)から副大統領に請われてからは、影の大統領として圧倒的な権力をふるい、9.11後は嘘の情報で周囲を欺き、アメリカをイラク戦争へと導いていきます...。
「マネー・ショート 華麗なる大逆転」(The Big Short) はぶっとびすぎて、黒い笑いに思わず引いてしまいましたが^^; マッケイ監督に免疫がついたのか?本作はとっても楽しめました。先日見た「記者たち 衝撃と畏怖の真実」(Shock and Awe)とは同じ題材ながら映画のテイストも見る角度もまるで違って、比較しながら興味深く見れました。
トランプが現れるまでは、史上最悪の大統領といわれていたブッシュですが、彼の陰で権力を握っていたのがチェイニーでした。ぼんくらのブッシュを意のままに操り、国家を私物化し、自分の利益のために戦争と起こした男。本作では彼の悪党ぶりがブラックユーモアたっぷりに描かれます。
本作を見て、最初に頭に思い浮かんだのは「記者たち~」の冒頭に出てきた車椅子の兵士でした。愛国心に背中を押され、命がけで戦争に志願した兵士たち。命を落とし、あるいは心や体を病んだ兵士たちとその家族が、この映画を見てどう思うだろうか...笑いながらも、怒りがふつふつとわいてくるのを感じました。
映画ではチェイニーの悪徳ぶりがコミカルに描かれ、どこか憎めないのも悔しい。ブッシュを操っていたのはチェイニーですが、チェイニーを励まし、支え、ここまでの地位に押し上げたのは妻リンの才覚でした。彼女こそが真の実力者といえるかもしれません。
政治家としても、友人としても、ご免こうむりたいチェイニーですが、家では家族を誰よりも愛するよき父親であり、夫でもあります。娘が同性愛者であると知った彼が、共和党の支持層に受け入れられないからと隠すことなく、娘を丸ごと受け入れる姿に心打たれました。
映画の中で、一般的な国民の代表といった感じで、カート(ジェシー・プレモンス)という白人男性がちょこちょこ登場し、ナレーションも務めますが、彼がこの後どんな役割を果たすか。マッケイ監督の強烈なアイロニーに打ちのめされました。
クリスチャン・ベールの役作りにも度肝を抜かれました。ブッシュを演じたサム・ロックウェルもそっくり。それだけでなく、パウエルも、ライスもどことなく雰囲気をつかんでいて思わずにやりとしました。最後の良心だったパウエルが、とうとうブッシュに加担してしまうところは、「記者たち~」と重ねながら、暗澹たる気持ちになりました。
チェイニーがあのまま実業家として政界を離れたままだったら、アメリカは戦争を起こしたりはしなかっただろう。そしてブッシュがもっとしっかりしていたら...と、考えずにはいられませんでした。