妊婦救急搬送たらいまわしがまたあり、無事出産されたけれども母親は亡くなった。
一方、このことを伝えるニュース記事と同時に、
「裁判員に選出された場合、その期間中は、概ね有給特別休暇とする」
という記事も出ている。
何の関係もないような二つの記事だが、大いに関係がある。
今日、医師不足に看護師不足、救急士や消防士不足、介護士や保育士ガなどが不足している。そしてその為に、これらの現場や、そこに関わる人たちは、多忙を極めている。
ところがそうしたところへ、「裁判員」という重荷までも背負わせようとしている。
もちろん「辞退する」ことはできるけれども、こうした現場ばかりでなく、少子高齢化社会にあって後継者難にある農林漁業に食の現場を、更に疲弊させるような「バカみたいな制度」を作ったものである。
第一、犯罪者を裁くには、「裁判官、検察官、弁護士」がいる。
この内「弁護士」は、事件案件の事実を突き止めないで、被告の「利益至上主義」的なところがある。その為に「有罪を無罪」にしようとか「罪刑を軽減」する事に奔走している。
先日ニュースになったが、前防衛事務次官の裁判で、前防衛事務次官側は、
「在任時の功績を考慮していただいて、量刑の軽減をお願いしたい」
といっている。これは「甘え」である。
今日色々と持ち上がっている「食品偽装問題」。これらの製造会社や料理店などは、以前大きな実績があったからといって、それで破産を逃れられるものではない。
ところが前防衛事務次官は、「過去の実績、功績を認めていただいて罪一等を減じて・・・」ということを、弁護士も加担して行っているのだから、弁護士制度というのも「バカみたいな制度」である。
まだある。
自衛官と漁船が衝突し、漁船が沈没した事故で海難審判が行われているが、自衛官側は「事故の原因は漁船側にある」と述べている。ここには、国民の生命と財産を守るという理念が無い。
国民の生命と財産を守るという理念があるならば、「譲る、譲り合う」という精神が生まれているはずなのである。
だが、それが無い。ただ「一方的に突き進めばいい」という態度のようだ。
自衛隊という制度も、「バカみたいな制度」である。
「バカみたいな制度」は、この他にもたくさんある。
先日は大阪府で、「制度、制度」といってサツマイモ畑を破壊してしまったような事もあった。
こうした「バカみたいな制度」を作ったのは、私達国民が選出した選良によって作られたものである、ということを私達は認識し、自分自身に問いかけていかなければならない。
一方、このことを伝えるニュース記事と同時に、
「裁判員に選出された場合、その期間中は、概ね有給特別休暇とする」
という記事も出ている。
何の関係もないような二つの記事だが、大いに関係がある。
今日、医師不足に看護師不足、救急士や消防士不足、介護士や保育士ガなどが不足している。そしてその為に、これらの現場や、そこに関わる人たちは、多忙を極めている。
ところがそうしたところへ、「裁判員」という重荷までも背負わせようとしている。
もちろん「辞退する」ことはできるけれども、こうした現場ばかりでなく、少子高齢化社会にあって後継者難にある農林漁業に食の現場を、更に疲弊させるような「バカみたいな制度」を作ったものである。
第一、犯罪者を裁くには、「裁判官、検察官、弁護士」がいる。
この内「弁護士」は、事件案件の事実を突き止めないで、被告の「利益至上主義」的なところがある。その為に「有罪を無罪」にしようとか「罪刑を軽減」する事に奔走している。
先日ニュースになったが、前防衛事務次官の裁判で、前防衛事務次官側は、
「在任時の功績を考慮していただいて、量刑の軽減をお願いしたい」
といっている。これは「甘え」である。
今日色々と持ち上がっている「食品偽装問題」。これらの製造会社や料理店などは、以前大きな実績があったからといって、それで破産を逃れられるものではない。
ところが前防衛事務次官は、「過去の実績、功績を認めていただいて罪一等を減じて・・・」ということを、弁護士も加担して行っているのだから、弁護士制度というのも「バカみたいな制度」である。
まだある。
自衛官と漁船が衝突し、漁船が沈没した事故で海難審判が行われているが、自衛官側は「事故の原因は漁船側にある」と述べている。ここには、国民の生命と財産を守るという理念が無い。
国民の生命と財産を守るという理念があるならば、「譲る、譲り合う」という精神が生まれているはずなのである。
だが、それが無い。ただ「一方的に突き進めばいい」という態度のようだ。
自衛隊という制度も、「バカみたいな制度」である。
「バカみたいな制度」は、この他にもたくさんある。
先日は大阪府で、「制度、制度」といってサツマイモ畑を破壊してしまったような事もあった。
こうした「バカみたいな制度」を作ったのは、私達国民が選出した選良によって作られたものである、ということを私達は認識し、自分自身に問いかけていかなければならない。