「首相案件、柳瀬氏が発言」面会の1人が証言
「縁起」とは、お釈迦様が悟られたお悟りの根幹をなすものである。
「今の事象には、その事象となる原因がある」というのが、縁起館であり、その原因に縁が加わり事象という結果を生じさせている。
このことを「因縁果とも、因果律」ともいわれる。
今安倍首相は、「森友、加計、防衛日報」らのことで、毎日のように追及されている。だが次々と出てくる新事実にもかかわらず、固くなままにしらを切り通している。しかし外堀も内堀も攻められていき、本丸も危ないというのに、何のかんのと言って弁解で凌ぐつもりらしい。
第一その原因を作ったのが、自分なのだとすらわからないでいる。
今に第一次安倍政権の時に発症した病が再発し、心身を蝕んでいくだろうに。
しかし信仰を嫌い、宗教も嫌う彼には、道徳教育の必須化といっても、それは所詮は我が身かわいさを教えるものにしかすぎず、一国の指導者の取る道とはならない。
とはいっても、信仰心や宗教審に目覚めるのは、至難な技ともいえ。
何故かというと「我」を持つからだ。「我」は「欲」を持ち、それが信仰心や宗教心を持つことを妨げている。そのために「縁起」についてもわかりもしない。