今の世の中は、「見返りがあれば、する」、しかし「見返りが無ければ、しない」という事が蔓延した世の中になっている。
これは何も今日だけに始まった事ではないが、こういう事が「何から何まで」という風に行き渡っている。
これは、言わば「損得勘定」と言っていい。
「計算高く」やって、自分にとって都合のよい事に振られていく。
夫婦だあるという事も、親子であるという事も、買い手と売り手関係においても、雇い手と従業員という関係においても、更には国家と国民という関係や国と国との関係においても、「見返りがあるか無いか」に捉われていて、「天職を持つ」という概念を持たない。
「天職を持つ」という概念を持たないが故に、例えば家族関係においては、妻や子は夫や父親に感謝せず、夫や子は妻や母親に労わりとねぎらいを持たず、それが故に親は子に対して人となりの導きができなくなっている。
ただ打算的な、見返りばかり求めるだけの関係となり、冷え冷えとした家庭環境が演出される。
今の我々は、こうした「見返り念願」にとらえられず、正しい宗教観と信仰心を持った上で、自分に与えられた役目が「天職」と受け止めて、お互い力を合わせ、助け合いして仲良くしていきたいものだ。