読書日和

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「インストール」綿矢りさ -再読-

2018-01-06 14:36:57 | 小説


今回ご紹介するのは「インストール」(著:綿矢りさ)です。

-----内容-----
学校生活&受験勉強からドロップアウトすることを決めた高校生、朝子。
ゴミ捨て場で出会った小学生、かずよしに誘われておんぼろコンピューターでボロもうけを企てるが!?
押入れの秘密のコンピューター部屋から覗いた大人の世界を通して、二人の成長を描く第38回文藝賞受賞作。

-----感想-----
※以前書いた「インストール」の感想記事をご覧になる方はこちらをどうぞ。

語り手は17歳で高校三年生の野田朝子。
朝子は「毎日みんなと同じ教室で同じ授業を受ける」という日常に嫌気が差し、親には内緒で登校拒否になります。
そして衝動的に自身の部屋をまっさらにしてしまいたいと思い、机も本棚もピアノも、部屋にあるものを全部捨ててしまいます。
唯一迷ったのが小学六年生の時におじいちゃんに買ってもらったコンピューターで、当時のことを次のように語っていました。

大阪に住んでいるおじいちゃんと埼玉に住んでいる私は、このコンピューターを使ってEメールを交換しあう約束をした。
しかし当時小六の私は、コンピューターと電話回線を繋ぐのさえスムーズにできず四苦八苦、私と同じ機種のコンピューターを持つおじいちゃんもカタカナだらけの説明書にてこずって愚図愚図、そんな二人、ついにEメールを一度も交換できぬままにおじいちゃん天国へ逝ってしまった。


四苦八苦と愚図愚図を使ったこの描写はリズミカルで良いと思いました。
そしてこの作品は序盤から文章のリズミカルさがとても印象的です。
久しぶりに起動させたコンピューターが全く動かなくなってしまった時の次の描写も面白かったです。

おじいちゃんコンピューター昇天、してしまったらしい。合掌。私は機械に向かって手を合わせた。

これは間に「合掌。」を入れているのが凄く良く、一つ前の文章と「合掌。」の後の文章を合わせた全体がとてもリズミカルになっていて綿矢りささんのセンスの良さを感じます。
動かなくなったコンピューターを見て、朝子はついにコンピューターも捨てることにします。

朝子は小学六年生の時に両親が離婚し、現在は母親とマンションで暮らしています。
マンションのごみ捨て場には机やピアノのような大型の物以外の朝子の部屋にあった全ての物がそっくりそのまま捨てられています。
全ての物を捨ててしまった朝子はゴミ捨て場で途方に暮れます。

その砂を払う自分の手も、ゴムのきつい靴下に締めつけられているその足も、ゴム人形のような艶の無い朱色をしていて、掃除の時の活気はどこへやら、私もゴミ化している。

この文章は「掃除の時の活気はどこへやら」でそれまでの文章から変化をつけ、「私もゴミ化している。」で締めくくっています。
デビュー初期の綿矢りささんは長めの一文の中でリズミカルさを発揮することがよくあるなと思います。

ゴミ捨て場で朝子が寝っ転がっていると小学生くらいの男の子が「大丈夫ですか?」と声をかけてきます。
縁あって朝子の動かなくなったコンピューターはこの男の子が引き取っていきます。

朝子が学校に行かなくなってから5日が経った時、朝子の母親と、同じマンションに住む青木さんという女の人がマンションの廊下で話しているのに遭遇します。
青木さんはデパートの下着を販売しているコーナーで働いていて、仕事柄下着のサンプル品をよくもらうため、朝子にそれをプレゼントします。
朝子は母親に言われ、そのお礼として図書券を青木さん宅に届けます。
すると先日コンピューターを引き取った男の子が出てきて、男の子は青木さんの家の子だと分かります。

青木君が引き取ったコンピューターは再び動くようになっていました。
朝子が登校拒否になったことを話すと、青木君が「僕と組んで働くというのはどうですか?」と言ってきます。
青木君が紹介してきたのはなんと風俗チャットのアルバイトでした。
青木君には去年の春からメールを交換し続けている女性がいて、その人の職業が「みやび」という源氏名の風俗嬢です。
青木君はネット上で「かなこ」という名前で女性に化けてみやびとメールをしています。
みやびが店から頼まれている風俗チャットの仕事を、自身は忙しくてそちらまで手が回せないので、代わりにやってくれないかと頼んできました。
アルバイトの詳細を聞いた朝子は青木君と組んで働くことにします。
青木君の下の名前はかずよしで、まだ12歳の小学六年生です。
しかしとても大人びていて朝子よりもしっかりしているように見えます。
平日の朝から青木君が小学校から帰ってくるまでの時間を朝子が、それ以降の時間と土日を青木君が担当し、二人で組んで「みやび」に化けての風俗チャットのアルバイトが始まります。

最初はキーボードのローマ字と日本語の変換もおぼつかなかった朝子ですが、次第にのりのりでチャットをするようになります。
初めてお客さんがチャットに来た時の「私は悠然と背筋を伸ばし、気分は博打女郎(ばくちじょろう)で、かかってきなさい、楽しませてあげるわ。」の表現は面白かったです。
他にも「あだっぽいしぐさ」という表現も興味深かったです。
あだっぽいとは「なまめかしく色っぽい」という意味で、私は19歳の時に「インストール」を初めて読んだのですが、それまでの19年間あだっぽいなどという表現は一度も聞いたことがありませんでした。
博打女郎とともに、綿矢りささんは面白い表現をするなと思いました。

物語後半での、朝子のクラスメイトの松本さんについての描写も興味深かったです。
松本さんは1学年上で留年してしまい朝子達と同じクラスになります。
留年した気まずさから松本さんは常に強がって突っ張った態度を取ります。

髪をびっくりするようなオレンジ色に染めてきたり、昔の仲間をわざわざ呼んできて先生に刃向かったり、そのクセ単位取るためにセッセと毎日学校にくる、いじましい松本さん。

朝子は松本さんについてこのように語っていました。
「そのクセ単位取るためにセッセと毎日学校にくる、いじましい松本さん。」が印象的です。
昔の仲間をわざわざ呼んできて先生に刃向かったりして授業を妨害するのは、「そんなに学校が大嫌いなら、どうぞ出て行ってください」となりますが、本心では単位が欲しい松本さんは学校を辞めることはせずセッセと通います。
強気な態度と実際にやっていることが真逆で、これを「いじましい(意地きたなくせせこましいという意味)」と表現していて、綿矢りささんはこういった心理状態をよく見ているなと思います。
さらに次のようにも書いていました。

自分が間違っていたなんて絶対認めたくない。そのためには自分のスタイルに根拠のない自信を持ち続けなければ生きていけない。たとえその滑稽さに内心気づいていたとしても。

これはとても鋭いと思います。
高校生のみならず大人になってからも、自身の歩んだ人生が間違っていたと認めるのは虚しくて嫌なことだと思います。
「たとえその滑稽さに内心気づいていたとしても。」とあるように、心の底では本当は自身が間違っていたと気づいていても、それを認めると虚しすぎて自身の存在意義が見出だせなくなると感じていることから、松本さんは強がった態度で無理やり気持ちを安定させているのだと思います。

朝子が母親に内緒で登校拒否になって四週間が経った頃、青木君と組んで風俗チャットのアルバイトをする今の生活にも終わりが近づいてきます。
登校拒否の方も風俗チャットの方も、物語が大きく動きます。
朝子が「今日はこういう日」と諦めていたのが印象的で、たしかに良くないことが次々起こる日はあるなと思います。
それでも、登校拒否になる前から何も変われていない自身を受け止めて、もう一度日常に戻ろうという気になっていたのは良かったです。
「毎日みんなと同じ教室で同じ授業を受ける」という日常は代わり映えのしない日々であっても、同時にかけがえのない日々でもあると思います。


今回久しぶりに「インストール」を読んでみて、やはり綿矢りささんは文章表現力が抜群に良いと思いました。
デビュー初期から文体は変わっていっても、独特の文章表現力は今も失われていないのは嬉しいです。
新たな作品を読むのも楽しみにしています


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