以前も書いていますが、ワインの世界にはテロワールという言葉があります。
ワインの味わいを決定づける「土地の事情」という解釈が良いのではないかと思います。
緯度、斜面か平地か、その畑は広いか、狭くて起伏があるか、その向き、標高、海の近くか、大きな川は近いか、水分はあるか無いか、近くに高い山があるか、雨が多いか、風は強いか、そのあたりに共生する他の動植物や昆虫は多いか、土壌はどうなのか・・・・・・・
色々なことが挙げられます。
で、そう言う事でテロワールが括られがちです。
しかし、それ以外にも大きな要素は「そこに住む人と社会」というのは見落とされがちです。
ボルドーが大きく名高い産地に発展したのはイギリスの影響が大きいでしょうし、コニャックなどもそうでしょう。
シャンパーニュも環境や人に大きな影響を受けている産地だろうと思います。
ブルゴーニュはちょっと違っていて細やかな起伏の産地で小作農家が多かったお蔭で細切れの畑の楽しみが謳われます。
カリフォルニアなどのニューワールドでは「昔は何も無かった」事が幸いして「より良い試み」が試され今の優秀な産地への土台が出来ています。
またロバートパーカー等の評論家を批判する人もいますが、彼らのお蔭で田舎の弱小産地に注目を持って行ったことは、小さな産地にとっては大事な一歩だったかもしれません。
「俺の舌は何でも当てられる」という人がどれくらいいるでしょうか?
私はソムリエですが難しい事だと思っています。
自然要因だけではワインは語れないのです。
これもよく書く言葉ですが「温暖化」は誰のせいなのか、自然の循環なのか、判りませんが、これもテロワールのイメージを大きく替えます。
ドイツなどの赤は他の理由も伴って劇的な変化を遂げていますし、生産者の言葉も2世代くらい前の人と全く違っています。
さてそむりえ亭でも沢山のワインが毎日空いていきます。
なるべく土地の個性を持ったワインを供出される料理に合わせようと頑張りますが、私一人の中でも個性の捉え方はめまぐるしく変わります。
アルコールの高さ、酸の強弱、香りのタイプ、タンニンの量・・・・・
テロワールだけでなく技術の進歩や選択で同じ土地の人たちも違う個性のワインを造ります。
そしてまた戻ります。
温暖化と言っている内に「太陽活動が弱くなってきた」などのニュースも見ます。
一喜一憂。
しかし、私などの様なソムリエはニュートラルに構えて色々なワインを「楽しめる方向に考える」という事何だろうな、と・・・
今日は久しぶりに「あそこの産地」のを開けようかな、などと考えながら備えたいと思います。