この日の歩行距離は8.6kmと、いよいよ本格的な秋のウォーキングシーズン到来です。
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ソメイヨシノの紅葉
目黒川舟入場で場所をお借りして、ウォーキング前のストレッチです。スカッと晴れた青空が気持ちいい一日でしたが、お彼岸過ぎても日差しは強く日なたではじりじりと暑さを感じます。
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目黒川
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ツタの紅葉
暑いといえども秋は徐々にやってきており、ツタの紅葉が始まっています。ハナミズキも紅葉して実がきれいだったのですが、うまく写真になりませんでした。
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別所坂
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別所坂上庚申塔
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馬頭観音
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恵比寿南三丁目計画
坂について目黒区のページから引用します。
目黒の坂 別所坂
別所坂は区の東北部の高台、淀橋台から目黒川の谷に面した急斜面を切り割った、いわゆる切り通しで、渋谷区境から中目黒一丁目、ニ丁目境を目黒川田楽橋に下る、折れ曲がった長い急坂である。
坂の由来については、郷土目黒誌によると「この坂を下ったところに別所と呼ばれた地名のところがあったからである」と記されており、かつては江戸の人びとが麻布辺りから行楽の地、目黒に入る近道として重要な交通路であった。
また、坂上は富士のながめの良いところで、えぞ・千島の探検で知られた近藤重蔵が文政2年(1819年)、新富士・近藤富士などと呼ばれた築山を造り、目黒元富士とともに江戸名所のひとつとして、行楽客に親しまれていたと言われている。この築山は昭和34年まで、その形を残していたが取り崩され、今は、「文政二己卯年六月建之」の碑石が残されているのみである。
坂上(中目黒一丁目)に住む重信さんは「この坂は今でこそ、住宅に囲まれていますが、私の子どものころは暗くてうっそうとした森の中にあり、とてもさびしいところでした。区の花ハギもかなり自生していましたよ。私の家から坂下を見ると、目黒川をはさんで田んぼが続き、水車小屋もありました。こんなに開けたのは戦後のことです」と言う。
また、戦後この坂に移り住んだという寺島さん(中目黒ニ丁目)は「坂の途中にある別所坂児童遊園のところは、以前はすすきの山で、わき水もあり、沢がに取りや、築山にも登って遊びましたよ。それに、10年ほど前までは、家の庭から富士が良く見えました」
今は、中目黒の交差点付近にビルが建って見えなくなってしまった。でも、冬から春先にかけての朝のうちなら、今でも坂上から富士が見えるという。現在のこの坂は、JR恵比寿駅を利用する人びとの通勤・通学路となっている。
坂上にある庚申塔や、渋谷区側の坂の途中にある馬頭観音が、この道が古くからある道であることを物語っています。野村不動産による恵比寿南三丁目計画で公務員宿舎があった場所が再開発されます。住宅、ホテル、介護施設などになるようです。
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恵比寿駅前
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渋谷橋から渋谷川
目黒と渋谷の区界になる旧山手通り付近に淀橋台(台地)と目黒台(台地)の境界があり、渋谷区側の淀橋台の方が目黒台より標高く、目黒元富士や、目黒新富士の舞台となります。目黒台のきわを目黒川が削り、淀橋台を渋谷川が削って谷が出来たため、その間に壁のように淀橋台が残りました。別所坂は目黒川の谷から淀橋台へ上るため急坂となりました。
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広尾小学校
戦前の鉄筋コンクリートの建物で、火の見櫓を備えています。外壁に細工があったり、ステンドグラスが使用されているなどおしゃれです。櫓の理由を小学校のホームページから引用します。
高台に立つRC造3階建で、関東大震災後の小学校復興事業の末期の建設となる。消防署が同居したことから、火の見櫓としての塔屋を備えている。設計は東京府の市ノ瀬仁重朗氏、施工は佐藤平治氏が担当した。
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渋谷氷川神社
三島由紀夫の遺作となった豊饒の海、第二部「奔馬」で、清顕の生まれ変わりである飯沼勲が決起のためのお参りをする舞台となっている神社です。
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國學院大學
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実践女子学園
この二つに加え、青山学院大学がある文教地区です。
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雨露
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ヘクソカズラ
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根津美術館
國學院大學を過ぎ、常陸宮邸の先で六本木通りを渡り、本山米店、南青山六丁目児童遊園の前を通り、骨董通りをちょっと歩いて「根津美術館通り」とでも言いたくなる都道413号を北へ向かいます。都道413号が六本木通りに接続していなかった頃に引いた地図なので、このあたりのルートは骨董通りを通らないルートに変更する必要があります。都道413号は原宿駅から表参道交差点まで「表参道」、そこから根津美術館までが「みゆき通り」と名前がありますが、美術館から乃木坂までの間は愛称がない。乃木坂から先は赤坂通りと呼ばれます。
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南青山四丁目
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青山橋
青山橋とその下を通る外苑西通りの高低差はビル五階分くらいあるでしょうか。ここは笄川が削った谷で、外苑西通りは笄川の川原に沿って作られており、天現寺で笄川は渋谷川と合流します。
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青山霊園
こちらでトイレをお借りして休憩としました。青山霊園についてWikipediaから引用します。
1872年(明治5年)、美濃郡上藩(現在の岐阜県郡上市)の藩主・青山家の下屋敷跡に開設された。当初は神葬祭墓地であった。1874年(明治7年)9月1日、市民のための公共墓地となった。1889年(明治22年)、東京府から東京市に移管された。1926年(大正15年)、斎場の建物のすべてが東京市に寄附され、日本で初めての公営墓地となった。
現在は東京都の所管である。面積は約26万平方メートルで、会津藩出身の桐生氏が開いた現在の附属立山墓地が興りとされ、隣接してのちの青山霊園への造成へとつながっていった。その後桐生氏は当時の東京府に土地所有権を無償で供与し代々立山墓地の管理に携わってきたが、東京都により2008年3月いっぱいで管理の更新を断られた。都による墓所使用料未払いによる無縁仏への墳墓改装、それに伴う公園型霊園開発を理由とした、2000年代以降の霊園内外都有地の段階的な賃貸料増額も相まって管理の更新を断られ、先祖開拓以来の土地を離れることとなった。なお、霊園内外人墓地に関しては無縁仏として改装されず、貸付対象箇所にはならないことになった。
霊園は、桜並木が名所であり、明治維新の功労者や文学者・科学者・芸術家・政治家等の著名人墓所が数多くある。維新の三傑である大久保利通、細井和喜蔵の『女工哀史』の印税で建てられた「解放運動無名戦士墓」も存在、忠犬ハチ公の墓もある。附属立山墓地には、永田鉄山、木村兵太郎、相楽総三なども眠っている。
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伊藤忠商事とORACLE
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新国立競技場
青山霊園から青山通りへ出て、外苑銀杏並木、神宮球場、新国立競技場へと歩いてきます。ずいぶんと形になってきた新国立競技場ですが、フェンスがあるので近くからの写真は撮りにくいです。ちょっと逆光になっていますが、外苑西通りにかかる外苑橋からは競技場のスケールを感じることができます。
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東京体育館
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国立能楽堂
東京体育館は1964年東京オリンピックの体操競技会場と認識していましたが、その10年前に東京都体育館として完成しており、オリンピックのために建てられたわけではないのですね。セイコー・スーパー・テニスの会場という認識があるのですが、この大会の歴代優勝者を見ると、ボルグ、コナーズ、マッケンロー、エドベリなど男子トップ選手が参加する国内最高峰の男子テニス大会でしたね。
東京体育館や国立能楽堂がある都道414号四谷角筈線は、特に愛称はないそうです。この道を通り北参道へ向かいます。
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明治神宮北参道
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拝殿
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七五三
明治神宮は結構混んでいました。七五三にはちょっと早いかなぁとは思いましたが、何組か見かけました。欧米からの旅行者が彼女と一緒に写真を撮って喜んでいました。
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結婚式
休日には結構見かける光景ですがこの日は仏滅、数少ない結婚式だったかもしれません。
南参道を歩き、代々木公園正門前で場所をお借りしてストレッチをして解散でした。その後中目黒へ場所を移し串カツ田中で酔っ払って日本酒まで。。。ちょっと暑かったですが、青空が広がり、秋の乾いた空気の中のウォーキングは気持ちよかったです。
すこやか歩こう会ではひきつづき会員を募集しています。目黒区在住以外の方も歓迎いたします。
まずは一緒に歩けるか、試しに一度参加してください。
sukoyaka[アットマーク]v08.itscom.net([アットマーク]は@へ変換してください)宛にメールをいただければ、直近の活動予定をお知らせいたします。
すこやか歩こう会活動スケジュール
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ソメイヨシノの紅葉
目黒川舟入場で場所をお借りして、ウォーキング前のストレッチです。スカッと晴れた青空が気持ちいい一日でしたが、お彼岸過ぎても日差しは強く日なたではじりじりと暑さを感じます。
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目黒川
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ツタの紅葉
暑いといえども秋は徐々にやってきており、ツタの紅葉が始まっています。ハナミズキも紅葉して実がきれいだったのですが、うまく写真になりませんでした。
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別所坂
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別所坂上庚申塔
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馬頭観音
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恵比寿南三丁目計画
坂について目黒区のページから引用します。
目黒の坂 別所坂
別所坂は区の東北部の高台、淀橋台から目黒川の谷に面した急斜面を切り割った、いわゆる切り通しで、渋谷区境から中目黒一丁目、ニ丁目境を目黒川田楽橋に下る、折れ曲がった長い急坂である。
坂の由来については、郷土目黒誌によると「この坂を下ったところに別所と呼ばれた地名のところがあったからである」と記されており、かつては江戸の人びとが麻布辺りから行楽の地、目黒に入る近道として重要な交通路であった。
また、坂上は富士のながめの良いところで、えぞ・千島の探検で知られた近藤重蔵が文政2年(1819年)、新富士・近藤富士などと呼ばれた築山を造り、目黒元富士とともに江戸名所のひとつとして、行楽客に親しまれていたと言われている。この築山は昭和34年まで、その形を残していたが取り崩され、今は、「文政二己卯年六月建之」の碑石が残されているのみである。
坂上(中目黒一丁目)に住む重信さんは「この坂は今でこそ、住宅に囲まれていますが、私の子どものころは暗くてうっそうとした森の中にあり、とてもさびしいところでした。区の花ハギもかなり自生していましたよ。私の家から坂下を見ると、目黒川をはさんで田んぼが続き、水車小屋もありました。こんなに開けたのは戦後のことです」と言う。
また、戦後この坂に移り住んだという寺島さん(中目黒ニ丁目)は「坂の途中にある別所坂児童遊園のところは、以前はすすきの山で、わき水もあり、沢がに取りや、築山にも登って遊びましたよ。それに、10年ほど前までは、家の庭から富士が良く見えました」
今は、中目黒の交差点付近にビルが建って見えなくなってしまった。でも、冬から春先にかけての朝のうちなら、今でも坂上から富士が見えるという。現在のこの坂は、JR恵比寿駅を利用する人びとの通勤・通学路となっている。
坂上にある庚申塔や、渋谷区側の坂の途中にある馬頭観音が、この道が古くからある道であることを物語っています。野村不動産による恵比寿南三丁目計画で公務員宿舎があった場所が再開発されます。住宅、ホテル、介護施設などになるようです。
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恵比寿駅前
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渋谷橋から渋谷川
目黒と渋谷の区界になる旧山手通り付近に淀橋台(台地)と目黒台(台地)の境界があり、渋谷区側の淀橋台の方が目黒台より標高く、目黒元富士や、目黒新富士の舞台となります。目黒台のきわを目黒川が削り、淀橋台を渋谷川が削って谷が出来たため、その間に壁のように淀橋台が残りました。別所坂は目黒川の谷から淀橋台へ上るため急坂となりました。
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広尾小学校
戦前の鉄筋コンクリートの建物で、火の見櫓を備えています。外壁に細工があったり、ステンドグラスが使用されているなどおしゃれです。櫓の理由を小学校のホームページから引用します。
高台に立つRC造3階建で、関東大震災後の小学校復興事業の末期の建設となる。消防署が同居したことから、火の見櫓としての塔屋を備えている。設計は東京府の市ノ瀬仁重朗氏、施工は佐藤平治氏が担当した。
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渋谷氷川神社
三島由紀夫の遺作となった豊饒の海、第二部「奔馬」で、清顕の生まれ変わりである飯沼勲が決起のためのお参りをする舞台となっている神社です。
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國學院大學
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実践女子学園
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雨露
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根津美術館
國學院大學を過ぎ、常陸宮邸の先で六本木通りを渡り、本山米店、南青山六丁目児童遊園の前を通り、骨董通りをちょっと歩いて「根津美術館通り」とでも言いたくなる都道413号を北へ向かいます。都道413号が六本木通りに接続していなかった頃に引いた地図なので、このあたりのルートは骨董通りを通らないルートに変更する必要があります。都道413号は原宿駅から表参道交差点まで「表参道」、そこから根津美術館までが「みゆき通り」と名前がありますが、美術館から乃木坂までの間は愛称がない。乃木坂から先は赤坂通りと呼ばれます。
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南青山四丁目
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青山橋
青山橋とその下を通る外苑西通りの高低差はビル五階分くらいあるでしょうか。ここは笄川が削った谷で、外苑西通りは笄川の川原に沿って作られており、天現寺で笄川は渋谷川と合流します。
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青山霊園
こちらでトイレをお借りして休憩としました。青山霊園についてWikipediaから引用します。
1872年(明治5年)、美濃郡上藩(現在の岐阜県郡上市)の藩主・青山家の下屋敷跡に開設された。当初は神葬祭墓地であった。1874年(明治7年)9月1日、市民のための公共墓地となった。1889年(明治22年)、東京府から東京市に移管された。1926年(大正15年)、斎場の建物のすべてが東京市に寄附され、日本で初めての公営墓地となった。
現在は東京都の所管である。面積は約26万平方メートルで、会津藩出身の桐生氏が開いた現在の附属立山墓地が興りとされ、隣接してのちの青山霊園への造成へとつながっていった。その後桐生氏は当時の東京府に土地所有権を無償で供与し代々立山墓地の管理に携わってきたが、東京都により2008年3月いっぱいで管理の更新を断られた。都による墓所使用料未払いによる無縁仏への墳墓改装、それに伴う公園型霊園開発を理由とした、2000年代以降の霊園内外都有地の段階的な賃貸料増額も相まって管理の更新を断られ、先祖開拓以来の土地を離れることとなった。なお、霊園内外人墓地に関しては無縁仏として改装されず、貸付対象箇所にはならないことになった。
霊園は、桜並木が名所であり、明治維新の功労者や文学者・科学者・芸術家・政治家等の著名人墓所が数多くある。維新の三傑である大久保利通、細井和喜蔵の『女工哀史』の印税で建てられた「解放運動無名戦士墓」も存在、忠犬ハチ公の墓もある。附属立山墓地には、永田鉄山、木村兵太郎、相楽総三なども眠っている。
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伊藤忠商事とORACLE
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新国立競技場
青山霊園から青山通りへ出て、外苑銀杏並木、神宮球場、新国立競技場へと歩いてきます。ずいぶんと形になってきた新国立競技場ですが、フェンスがあるので近くからの写真は撮りにくいです。ちょっと逆光になっていますが、外苑西通りにかかる外苑橋からは競技場のスケールを感じることができます。
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東京体育館
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国立能楽堂
東京体育館は1964年東京オリンピックの体操競技会場と認識していましたが、その10年前に東京都体育館として完成しており、オリンピックのために建てられたわけではないのですね。セイコー・スーパー・テニスの会場という認識があるのですが、この大会の歴代優勝者を見ると、ボルグ、コナーズ、マッケンロー、エドベリなど男子トップ選手が参加する国内最高峰の男子テニス大会でしたね。
東京体育館や国立能楽堂がある都道414号四谷角筈線は、特に愛称はないそうです。この道を通り北参道へ向かいます。
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明治神宮北参道
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拝殿
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七五三
明治神宮は結構混んでいました。七五三にはちょっと早いかなぁとは思いましたが、何組か見かけました。欧米からの旅行者が彼女と一緒に写真を撮って喜んでいました。
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結婚式
休日には結構見かける光景ですがこの日は仏滅、数少ない結婚式だったかもしれません。
南参道を歩き、代々木公園正門前で場所をお借りしてストレッチをして解散でした。その後中目黒へ場所を移し串カツ田中で酔っ払って日本酒まで。。。ちょっと暑かったですが、青空が広がり、秋の乾いた空気の中のウォーキングは気持ちよかったです。
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