先日、京都に着いたとたんに、曇り空となっていた。写真撮影は諦めて、京都駅地下のスタバで本を読むことにした。
私は日下公人さんの本を読んでいたのだが、突然、思ったのである。
私の「文明のターンテーブル」は、例えば、日下公人さんのような人たちにも大きなインスピレーションを与えたのではないだろうか、と。
私は2010年7月に、梅田北ヤードの異常な混迷ぶりに対しての経緯の中で、もはや、インターネットに登場するしかないと思い定めて、「文明のターンテーブル」を書き出した。
日本中の最良の知性の持ち主たちの多くが読んでくれていた。
今、日本が実は素晴らしい国である事、世界で最も素晴らしい自由と知性を持った国であることに気づき、その事を、きちんと認識して、強く、大きな声で書き出した本が、出版され出している。
これらの本の著者たちに、私の「文明のターンテーブル」というノーベル賞級の着想、発見が、大きなインスピレーションになっている、と、私は、確信したのである。
その時だった。同行者であり、日本有数の読書家でもある、私の親友が、自分が読んでいた本の、ある個所を読んでみて、と言った。
私は日下さんの本に没頭していたのだが、中断して、差し出された本を読んだ。
高山正之の「日本人の目を覚ます痛快35章」だった。
私は本当に驚いたのである。何故なら、この当時、(そういえば)、大江健三郎の「沖縄ノート」に端を発して、彼が非難し断罪した当の日本軍人の遺族から、不当で間違った記述であり、故人の名誉を毀損していると訴えられた裁判は、どうなったのだろうか、と思っていたからである。
友人が差し出した箇所は正に、その事についての章だった。
その章を読み終えた私は、「大江は最低やね」と言った。
何故なら、この時、大江と朝日新聞社が弄した詭弁は、一昨年8月の謝罪会見時に続く、第三者委員会を使って、朝日が会見した時に使用し出した詭弁と一緒だったからである。
本来、受けなければならない厳しい結果、(廃刊すべきが本来のジャーナリストの在り方であることは論を待たない)、から逃げるために弄した詭弁と全く一緒だったからである。