雪が、・・・降っている。一面の銀世界の中、私がこっちを向いて笑っている。私は確かに、膝まで雪に埋まったその女の子に視線を向けているのに、その女の子が私であることを、知っている。確か、私は男であったはずだが・・・。
楽しそうに、心から笑っている。時々、彼女(私)は、しんしんと降る雪を、愛しそうに見つめたり、両手を広げて天を仰いだりしている。まるで運命の絆で結ばれた1人の男から、愛撫を受けているような感じさえしてくる。それでいて、少しもいやらしくなく、何か、物悲しく、切ない。・・・あぁ、そうだ。まさしく彼女は私であり、私は彼女なのだ。彼女の魅せられた顔つきが、哀しいほど輝いている。・・・あぁ、私が永く忘れていた何か、何かが私に涙を思い起こさせる。何か、熱い、熱い、哀しい・・・。
目が覚めた時、私は、涙を流していた。一体なぜ、自分が涙を流しているのか、なぜこんなにも、胸がいっぱいになっているのかがわからずに、私はしばらく、放心状態でベッドに横たわっていた。時計の針が6時ちょうどを指している。
「兄さん!起きてちょうだい!」
毎日毎日正確に時を告げる妹の声が、今日も階下から聞こえてきた。私は、何の躊躇も無く涙を拭い、何の感情も無くベッドから起き上がった。そして、制服に着替えると、小さな丸い鏡の前に立った。私は、そこに映っているのが昨日と同じ自分―――無表情で、冷静沈着、氷のようだと噂されている1人の男―――であることに一種の安心感を覚えた。
そして、ゆっくりとつぶやいた。
「ハイル・ヒットラー。」
今日は、エルウィン・ロンメル将軍の、陸軍元帥任命の式典が行われる日なのである。
軽く朝食を取り、私は家を出た。そして、ロンメル氏の式典に参加している総統の「安楽の地」、ベルヒテスガーデンへと向かった。
毎日が、このように判で押したような生活であった。何の喜びも、楽しさも、嬉しさもいらない。そんな、感情を一切必要としない生活を、私は不満に思うどころか、この生活が壊れないように、とさえ思っている。今日もそんな、何の変哲も無い日々の中の1日だった。しかし、何かが違っていた。・・・雪。そして、その中で笑っている自分。その夢を見て、涙する自分。―――ふっと不安が遮る。「今の生活が崩れてしまうのだろうか。」―――しかし、その不安は、いつしかナチスの心の中で、氷となって閉ざされてしまった。
あの日、ポーランド軍の制服を着たS.S.(ナチス親衛隊)の隊員が、ドイツ領内のグライヴィツにある放送局を襲撃した。
「ポーランド軍の、この一連の国境侵犯は、ポーランドがもはやドイツの国境を尊重する意思の無い証である。この狂気の沙汰に決着をつけるために、私は、この瞬間から、武力には武力を以って対処するしかない。」
総統が、そう言い放って、でっちあげの「報復」の火花を切ったあの日、1939年9月1日、侵略の口実を得たドイツ軍は、一斉にポーランドへ流れ込んだ。2日後、イギリス、フランスが、我がドイツに宣戦布告をし、第二次世界大戦が始まった。その後、今日まで、デンマーク、ノルウェー、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク等のヨーロッパ諸国(なんとあのフランスまでも!)を侵略していった。
しかし、総統は、イギリスに勝つことができなかった。それどころか、私たちが止めるのも聞かずに、
「イギリスに止めを刺すのは片手でもできる。」
と言って、ロシアに目を向けたのだ。私たちは、聞き分けの無い子供をあやすように、彼に、ロシアの冬期決戦は危険であることを諭した。彼は案の定、それを聞かず、ロシアの内陸部に足を伸ばして行った。それが、ドイツ軍を厳しい寒さで封じ込めてしまおうとする敵の作戦だとも知らずに・・・。そのうちに、太平洋側では、日本が真珠湾を攻撃し、アメリカまでが公的に戦争に加わり始めた。あの、第一次大戦の悪夢である二面戦争が現実になったのだ。
(つづく)
楽しそうに、心から笑っている。時々、彼女(私)は、しんしんと降る雪を、愛しそうに見つめたり、両手を広げて天を仰いだりしている。まるで運命の絆で結ばれた1人の男から、愛撫を受けているような感じさえしてくる。それでいて、少しもいやらしくなく、何か、物悲しく、切ない。・・・あぁ、そうだ。まさしく彼女は私であり、私は彼女なのだ。彼女の魅せられた顔つきが、哀しいほど輝いている。・・・あぁ、私が永く忘れていた何か、何かが私に涙を思い起こさせる。何か、熱い、熱い、哀しい・・・。
目が覚めた時、私は、涙を流していた。一体なぜ、自分が涙を流しているのか、なぜこんなにも、胸がいっぱいになっているのかがわからずに、私はしばらく、放心状態でベッドに横たわっていた。時計の針が6時ちょうどを指している。
「兄さん!起きてちょうだい!」
毎日毎日正確に時を告げる妹の声が、今日も階下から聞こえてきた。私は、何の躊躇も無く涙を拭い、何の感情も無くベッドから起き上がった。そして、制服に着替えると、小さな丸い鏡の前に立った。私は、そこに映っているのが昨日と同じ自分―――無表情で、冷静沈着、氷のようだと噂されている1人の男―――であることに一種の安心感を覚えた。
そして、ゆっくりとつぶやいた。
「ハイル・ヒットラー。」
今日は、エルウィン・ロンメル将軍の、陸軍元帥任命の式典が行われる日なのである。
軽く朝食を取り、私は家を出た。そして、ロンメル氏の式典に参加している総統の「安楽の地」、ベルヒテスガーデンへと向かった。
毎日が、このように判で押したような生活であった。何の喜びも、楽しさも、嬉しさもいらない。そんな、感情を一切必要としない生活を、私は不満に思うどころか、この生活が壊れないように、とさえ思っている。今日もそんな、何の変哲も無い日々の中の1日だった。しかし、何かが違っていた。・・・雪。そして、その中で笑っている自分。その夢を見て、涙する自分。―――ふっと不安が遮る。「今の生活が崩れてしまうのだろうか。」―――しかし、その不安は、いつしかナチスの心の中で、氷となって閉ざされてしまった。
あの日、ポーランド軍の制服を着たS.S.(ナチス親衛隊)の隊員が、ドイツ領内のグライヴィツにある放送局を襲撃した。
「ポーランド軍の、この一連の国境侵犯は、ポーランドがもはやドイツの国境を尊重する意思の無い証である。この狂気の沙汰に決着をつけるために、私は、この瞬間から、武力には武力を以って対処するしかない。」
総統が、そう言い放って、でっちあげの「報復」の火花を切ったあの日、1939年9月1日、侵略の口実を得たドイツ軍は、一斉にポーランドへ流れ込んだ。2日後、イギリス、フランスが、我がドイツに宣戦布告をし、第二次世界大戦が始まった。その後、今日まで、デンマーク、ノルウェー、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク等のヨーロッパ諸国(なんとあのフランスまでも!)を侵略していった。
しかし、総統は、イギリスに勝つことができなかった。それどころか、私たちが止めるのも聞かずに、
「イギリスに止めを刺すのは片手でもできる。」
と言って、ロシアに目を向けたのだ。私たちは、聞き分けの無い子供をあやすように、彼に、ロシアの冬期決戦は危険であることを諭した。彼は案の定、それを聞かず、ロシアの内陸部に足を伸ばして行った。それが、ドイツ軍を厳しい寒さで封じ込めてしまおうとする敵の作戦だとも知らずに・・・。そのうちに、太平洋側では、日本が真珠湾を攻撃し、アメリカまでが公的に戦争に加わり始めた。あの、第一次大戦の悪夢である二面戦争が現実になったのだ。
(つづく)