私は、ハーシェルから何か情報を得ようとする時、普段見せない笑顔を彼に向けるだけで良いのだ。そうすれば彼は、それを私に邪魔される前に行動に移さなければいけないと思い込み、焦って、必ず失敗する。そうして私は、その情報を手に入れるどころか、それを元に、彼が考えた間抜けな計画を失敗に終わらせることさえできるのだ。
私の姿の無い異国では、さぞ伸び伸びと仕事に励んでいることだろうが、私がボルマンから聞く前に手に入れた情報によれば、彼の上司であるゲシュタポのヒムラー長官が、かつての私のように、彼のその性格を一手に握り、彼に殺しの訓練を行う時、こう耳打ちしたのだそうだ。
「いいか、おまえが目の前の相手を殺らなければ、その相手はおまえを殺し、こう言うだろう。『ゲシュタポのハーシェルという奴は、ドイツ国内では有能でヒトラーにかわいがられていると噂されていたらしいが、敵を目の前にして、震えて銃の引き金も引けないなんて、とんだ腰抜けだ。おれは可笑しくて腹を抱えて笑った。奴の死体は、収容所行き間違いなしだ。』とな。」
ハーシェルは、その時ヒムラー長官が見せた含み笑いを見て、私のことを思い出したのだろう。それからというもの、彼の名は、内外ともに恐れられるようになったという。
私はその後、そこに居合わせたクラスメートたちに、今起こった出来事を一切外に漏らさないように堅く口止めをしてから、早退した。校内の医務室に行っても、傷口を縫うことまでできないし、こんな大きなケガをした理由を問われて、いちいち答えるのも面倒だ。私は学校を退けたその足で、軍の病院に立ち寄り、10針縫ってもらった。
その後、抜糸をしてしばらく経ったある日、私は、ハーシェルとその仲間たちから待ち伏せをされた。私はその時一緒だった4人の友人たちに、先に帰るように言ったが、ハーシェルの仲間たちの方が、はるかに人数が多く、素早く囲まれてしまった。私は、巻き添えを食わせてしまった友人たちに対して、ハーシェルが何も危害を加えていないのを確かめて、彼の言葉を待っていた。
「この間はよくも恥をかかせてくれたな!」
私は、彼らが何を言い出しても決して反抗しないように、と、友人たちに目配せをして、こう言った。
「おまえらも運が良かったな。あの時、もしケガをしていたのがおれじゃなく、後ろにいたクラスメートだったら、恥をかいただけじゃあ済まなかったろうな。」
「半殺しの目にでも遭わしてくれたってのか?」
「いいや。完全におまえの息の根を止めてたよ。」
「なっ、なにぃ!」
脇で私の腕を押さえ込んでいた2人の男が一層強く腕を捻り、私の両肩が、ギシッと音を立てた。その音を聞いて、ハーシェルがさらにこう言った。
「おまえが土下座しておれに謝って、この前のことは誰にも口外しないと誓うなら、このまま帰してやる。」
「そのセリフ、そのまま返してやるよ。」
彼は何も言い返せず、歯をギリギリ言わせていた。そして、こう言うしかなかった。
「やってしまえ!」
私は一斉に、数人の男に殴られ、そして蹴られた。
私の友人たちは、他の誰よりも私の隠れた残忍性を知っていた。今ここにいる者の中で、散々な目に遭わされている方が“ヘビ”で、殴る蹴るの暴行を働いている方が“カエル”であるということを、他の誰よりも正しく認識していたのだ。友人たちは、ハーシェルたちが恐くて手が出せなかったのではなかった。手を出して、ハーシェルの仲間が友人の腕の一本でもつかもうものなら、その男の方が、私に酷い目に遭わされてしまう、ということを知っていたのだ。
私は、ひたすら暴行を受けた。友人が誰一人として乱暴な扱いをされていないということを確かめた上で、だ。
(つづく)
私の姿の無い異国では、さぞ伸び伸びと仕事に励んでいることだろうが、私がボルマンから聞く前に手に入れた情報によれば、彼の上司であるゲシュタポのヒムラー長官が、かつての私のように、彼のその性格を一手に握り、彼に殺しの訓練を行う時、こう耳打ちしたのだそうだ。
「いいか、おまえが目の前の相手を殺らなければ、その相手はおまえを殺し、こう言うだろう。『ゲシュタポのハーシェルという奴は、ドイツ国内では有能でヒトラーにかわいがられていると噂されていたらしいが、敵を目の前にして、震えて銃の引き金も引けないなんて、とんだ腰抜けだ。おれは可笑しくて腹を抱えて笑った。奴の死体は、収容所行き間違いなしだ。』とな。」
ハーシェルは、その時ヒムラー長官が見せた含み笑いを見て、私のことを思い出したのだろう。それからというもの、彼の名は、内外ともに恐れられるようになったという。
私はその後、そこに居合わせたクラスメートたちに、今起こった出来事を一切外に漏らさないように堅く口止めをしてから、早退した。校内の医務室に行っても、傷口を縫うことまでできないし、こんな大きなケガをした理由を問われて、いちいち答えるのも面倒だ。私は学校を退けたその足で、軍の病院に立ち寄り、10針縫ってもらった。
その後、抜糸をしてしばらく経ったある日、私は、ハーシェルとその仲間たちから待ち伏せをされた。私はその時一緒だった4人の友人たちに、先に帰るように言ったが、ハーシェルの仲間たちの方が、はるかに人数が多く、素早く囲まれてしまった。私は、巻き添えを食わせてしまった友人たちに対して、ハーシェルが何も危害を加えていないのを確かめて、彼の言葉を待っていた。
「この間はよくも恥をかかせてくれたな!」
私は、彼らが何を言い出しても決して反抗しないように、と、友人たちに目配せをして、こう言った。
「おまえらも運が良かったな。あの時、もしケガをしていたのがおれじゃなく、後ろにいたクラスメートだったら、恥をかいただけじゃあ済まなかったろうな。」
「半殺しの目にでも遭わしてくれたってのか?」
「いいや。完全におまえの息の根を止めてたよ。」
「なっ、なにぃ!」
脇で私の腕を押さえ込んでいた2人の男が一層強く腕を捻り、私の両肩が、ギシッと音を立てた。その音を聞いて、ハーシェルがさらにこう言った。
「おまえが土下座しておれに謝って、この前のことは誰にも口外しないと誓うなら、このまま帰してやる。」
「そのセリフ、そのまま返してやるよ。」
彼は何も言い返せず、歯をギリギリ言わせていた。そして、こう言うしかなかった。
「やってしまえ!」
私は一斉に、数人の男に殴られ、そして蹴られた。
私の友人たちは、他の誰よりも私の隠れた残忍性を知っていた。今ここにいる者の中で、散々な目に遭わされている方が“ヘビ”で、殴る蹴るの暴行を働いている方が“カエル”であるということを、他の誰よりも正しく認識していたのだ。友人たちは、ハーシェルたちが恐くて手が出せなかったのではなかった。手を出して、ハーシェルの仲間が友人の腕の一本でもつかもうものなら、その男の方が、私に酷い目に遭わされてしまう、ということを知っていたのだ。
私は、ひたすら暴行を受けた。友人が誰一人として乱暴な扱いをされていないということを確かめた上で、だ。
(つづく)