私とボルマンは、並んで、主に密談に使われる、こじんまりした部屋に入って行った。私が、自分より10歳以上年上の彼に敬意を表してドアを開け、ボルマンに先に入るよう合図をすると、彼は、自分より10歳以上年下であっても総統の側近としては同期である私に対して申し訳無さそうに、軽く頭を下げて部屋に入った。彼はソファーに座らずに、窓際に立って、私がドアを閉めるのを待った。そして外の風景から目をそらし、私の方に向き直って、口を開いた。
「秘書の仕事の方はどうだね?」
「なぁに。秘書と言ってもただの付き人のようなものさ。ナチスの動きは君が把握しているし、私生活の秘書は、エバがやってくれているしね。」
「私は常々思っていたんだが、総統とエバが一緒なのを見ると恋人同士のように見えるが、君と彼女を見ていると、まるで夫婦のように見えるよ。」
私は驚きと共に呆れた顔でボルマンを見た。
「おいおい。ヒムラー長官に捕まるぞ。」
「そういう意味じゃないよ。我々はアドルフ・ヒトラーを、ドイツの最高責任者として見ているが、君とエバは、唯一この世の中で、アドルフ・ヒトラーを、アドルフ・ヒトラーとして見ている。つまり、血のつながった父と母のようなものだと言っているんだよ。」
「・・・狂人の父親か。では、この戦争で我々が負けたら、私は間違いなく死刑だな。」
「それは私だって同じだ。・・・しかし、私たちは死ぬわけにはいかないのだ。」
ボルマンは、ちらっと窓の外を見た。そして、こう言った。
「・・・で、今日は何だね?」
「あぁ、実は、ワルシャワゲットーのことなんだが。」
そう言って、私もボルマンに釣られて視線を窓の方に移した。外では、小鳥がさえずり、木々の枝が微風に揺れている。ここはなんて平和なんだろう。
「ゲットーはなるべく早く壊すつもりだ。」
「中にいるユダヤ人は?」
「昨年は40万人いたユダヤ人が、今は20万弱に減った。最終的には、ゲットーを壊した時点で残りの者を逮捕し、収容所へ送る。」
「その予定の日時と人数は?」
「いつになるかは、わからない。が、我々はここから、約3万の輸送しか見積もっていない。だから、ゲットー内が3万になるのを待つか、もしくは、・・・万が一、何か問題が起こって、それ以前にゲットーを破壊することになれば、ゲットー内で彼らを処理しても良いことにしている。・・・と、まぁ、こんなところだ。」
私はボルマンのその言葉に理解を示し頷いたが、どうしてもこの窓の外の平和と、自分たちの現実の会話が結びつけられずにいた。
「何か、不満でも?」
「いや、ただ、実験に間に合わずに死んでいくのが惜しいのだ。どうせ、死んで皮を剥ぎ取られ、油を搾り取られるのなら、黙って死ぬよりも、実験の成果を残して死んでもらいたいものだよ。」
「材料ごとき、そんなにけちって使わなくても良いさ。足りなくなったら、またどこかから連れて来ればいいんだ。殺人部隊のナチス親衛隊ならユダヤ人どころか、カトリック教徒、チェコスロバキア人、ポーランド人、ロシア人、・・・とにかく被支配人種であれば、なんでもありだからな。」
「ゲシュタポのヒムラーに頼めば、親衛隊を総動員してどこかの国の大統領だって国王だって調達してくれるだろうな。」
「そういうことだ。」
彼はそう言うと、グラスにブランデーを注ぎ、1つを私に手渡し、もう1つを、自分の目の高さで窓から射し込んでいる日の光に透かして、にっこりと笑った。
(つづく)
「秘書の仕事の方はどうだね?」
「なぁに。秘書と言ってもただの付き人のようなものさ。ナチスの動きは君が把握しているし、私生活の秘書は、エバがやってくれているしね。」
「私は常々思っていたんだが、総統とエバが一緒なのを見ると恋人同士のように見えるが、君と彼女を見ていると、まるで夫婦のように見えるよ。」
私は驚きと共に呆れた顔でボルマンを見た。
「おいおい。ヒムラー長官に捕まるぞ。」
「そういう意味じゃないよ。我々はアドルフ・ヒトラーを、ドイツの最高責任者として見ているが、君とエバは、唯一この世の中で、アドルフ・ヒトラーを、アドルフ・ヒトラーとして見ている。つまり、血のつながった父と母のようなものだと言っているんだよ。」
「・・・狂人の父親か。では、この戦争で我々が負けたら、私は間違いなく死刑だな。」
「それは私だって同じだ。・・・しかし、私たちは死ぬわけにはいかないのだ。」
ボルマンは、ちらっと窓の外を見た。そして、こう言った。
「・・・で、今日は何だね?」
「あぁ、実は、ワルシャワゲットーのことなんだが。」
そう言って、私もボルマンに釣られて視線を窓の方に移した。外では、小鳥がさえずり、木々の枝が微風に揺れている。ここはなんて平和なんだろう。
「ゲットーはなるべく早く壊すつもりだ。」
「中にいるユダヤ人は?」
「昨年は40万人いたユダヤ人が、今は20万弱に減った。最終的には、ゲットーを壊した時点で残りの者を逮捕し、収容所へ送る。」
「その予定の日時と人数は?」
「いつになるかは、わからない。が、我々はここから、約3万の輸送しか見積もっていない。だから、ゲットー内が3万になるのを待つか、もしくは、・・・万が一、何か問題が起こって、それ以前にゲットーを破壊することになれば、ゲットー内で彼らを処理しても良いことにしている。・・・と、まぁ、こんなところだ。」
私はボルマンのその言葉に理解を示し頷いたが、どうしてもこの窓の外の平和と、自分たちの現実の会話が結びつけられずにいた。
「何か、不満でも?」
「いや、ただ、実験に間に合わずに死んでいくのが惜しいのだ。どうせ、死んで皮を剥ぎ取られ、油を搾り取られるのなら、黙って死ぬよりも、実験の成果を残して死んでもらいたいものだよ。」
「材料ごとき、そんなにけちって使わなくても良いさ。足りなくなったら、またどこかから連れて来ればいいんだ。殺人部隊のナチス親衛隊ならユダヤ人どころか、カトリック教徒、チェコスロバキア人、ポーランド人、ロシア人、・・・とにかく被支配人種であれば、なんでもありだからな。」
「ゲシュタポのヒムラーに頼めば、親衛隊を総動員してどこかの国の大統領だって国王だって調達してくれるだろうな。」
「そういうことだ。」
彼はそう言うと、グラスにブランデーを注ぎ、1つを私に手渡し、もう1つを、自分の目の高さで窓から射し込んでいる日の光に透かして、にっこりと笑った。
(つづく)