すずりんの日記

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小説「改・雪の降る光景」第1章Ⅰ~5

2006年09月18日 | 小説「雪の降る光景」
 友人たちは、ただじっとうずくまっている私を医務室に連れて行こうとしたが、私が1人で立ち上がると、自分たちの声が聞き入れられたと思って、ほっとしていた。ところが私は、友人たちの期待を裏切り、医務室のある方向に背を向けて、教室の中で互いに責任のなすり合いをしているハーシェルたちの方へ歩き出した。
 ナイフが刺さったままの右手から、ドクドクと、血が止めどなく流れ出すのがわかる。彼らは、ナイフを投げたのが自分ではないことを主張し合って騒いでいたが、私が、床に滴り落ちる血に見向きもせず、ただ自分たちを睨んで真っ直ぐに歩いて来るに従って、声を静め、次第に恐怖におののいていった。私は、この怒りを、より効果的に相手にぶつけるためのこの演技に、浸り切っていた。
彼らの集団の前まで来た時、私は右手を差し出し、彼らによく見えるように、目の前で、真っ赤に染まったナイフを左手で抜き取った。彼らの集団から悲鳴が漏れたが、それを無視し、私は血でぬるぬるしたその柄を左手に持ち、それに注目するように促した。
「このナイフを投げたのは、誰だ?」
その集団は、1人残らず、答える言葉を失っていた。
「この右手のようになりたくなければ、さっさと出て来い。」
私が声を押し殺してこう言うと、無言のまま彼らの視線が、集団の中の一番気の小さそうな奴に向けられた。・・・かわいそうに。彼が生贄になったのか。私はうっすらとそう思いながら、次のセリフを口にした。
「君のナイフか。偶然そこで拾ったんだ。返すよ。」
 そう言って私は、ナイフを彼に手渡すしぐさをした。そして、彼が手を差し出すのをにこやかに待っていた。彼がビクビクしながら、ゆっくりと、左の腕を動かした。私は、小刻みに震える彼のその手にしっかりとナイフを握らせるために、真ん中にぱっくりと穴の開いた自分の右手で彼の手首をつかみ、その手のひらにナイフを置いた。傷口の熱と血の感触を、彼の手首は、確かに感じていた。
「ありがとう、は?」
彼の、恐怖に見開いた眼に、私は優しく笑顔で応えた。
「・・・あ、ありがと、う・・・・・・。」
「どういたしまして。」
私は彼の手を離し、視線を彼から集団へと移した。彼らは全員、自分たちの元に戻ったナイフを凝視していたが、私が自分たちの方に顔を向けたのを感じると、もうこれ以上バカな真似をしないでくれ、と哀願するような素振りをした。
「このナイフの持ち主は、誰だ?」
彼らは、私が、自分たちが普段から行っている脅しの手段でビクつくような相手ではないことを、今ではもう充分認識していたので、今度は、素直に、その持ち主の方を見た。ハーシェルだった。私は、これまで以上に、にこやかな表情でこう言った。
「クラスメートに傷を負わせたくらいでそんなにびびるようじゃあ、この右手も、君に罪を償わせる甲斐が無いじゃないか。帰ってママにでも、震える足をさすってもらったらどうだ?」
 私は、自然に笑みが込み上げてきて、口元が歪んでくるのを感じていた。ハーシェルが今にも泣き出しそうな顔をしているのを見て、自分の演技があまりにもうまく演出されたのが嬉しかったのだ。私は、その余韻に浸りながら、完全に打ちひしがれたハーシェルたちを残し、満足気に、その場を去った。

 私たちと彼らしかいないこの場で、彼らが私1人をひざまずかせられなかったということは、彼ら―――特にクラス1の人気者のハーシェル―――としては、相当なダメージであった。「あらゆる情報をどこからともなく手に入れ、それを決して他人に漏らさない」「何もかも見透かしている」という私に対してのイメージが、彼の被害妄想に拍車を掛けているらしい。私がチラッとハーシェルに微笑みかけただけで、彼は、今自分が、どの女の子をどんなふうに騙してものにしようとしているか、どの人間を、ゲシュタポに告げ口をして失脚させようとしているか、全てを私に読まれて、もうおしまいだ・・・と思ってしまうのだ。しかし、彼にとっての本当の悲劇は、その妄想を自分の取り巻きに、打ち明けられずにいることである。

 しかし、私は、知っているのだ。


(つづく)
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