今は昔とは、「今ではもう昔のこと」の意味ですよね。こんな言葉がピッタリはまるのが、
富士山の湧泉で有名な「忍野八海」です。最近のあまりの変貌ぶりにがっかり度No1だそ
うです。それでも富士山周遊ドライブをしていた老夫婦が観光地の一つとして「忍野八海」
にやってきました。
妻:久し振りに来たわね。一番賑やかな「涌池」に到着。駐車場からここまでに聞こえて
くる会話は中国語ばかり。池の周辺も中国人の団体ばかりで日本ではないみたいね。
夫:昔、何度か訪れたころは、富士山を背景とした素朴な故郷の風景があったけど、想像
以上の変貌ぶりに、時代が変わったとはいえがっかりだね。
妻:「涌池」の水は変わらずきれいだけど、自然の風景とあまりにもかけ離れた土産屋の
建物が池の一部をまたいでいるのはいただけないわね。それにお店が増えているから、
池の周りにゆとりがないわ。世界文化遺産となって商魂がたくましくなったのね。
がっかり度No1が分かるわ。もっと知恵と工夫で景観を保全してほしかったわね。
夫:外国人が増えてここの空気感が変わったのも大きいね。それでも人を引き付けている
のだから、池と茅葺屋根そして富士山を背景とした、日本的な田園風景がどこかに残
っていると思うよ。お気に入りの写真が残せたらいいね。
老夫婦は観光案内所を見つけました。二人はそこで衝撃的な話を聞くことになったのです。
案内人:八海は民間信仰である「富士講」の人たちが、富士登山の際に行った8つの湧水
を巡礼する八海めぐりの地なのです。古くは信者たちが富士山登山の前にここで
水行をしたとされているところです。それぞれの池は守護神が祀られた霊場とな
っています。一番霊場から順番に八番霊場までの巡礼路を行くのが正しい八海の
歩き方なんです。霊場の池には表札があります。中心に中池と呼ばれる大池があ
りますが、残念ながら人工池ですよ。商売のために湧水を引き入れたものです。
あれが作られる前は池の水面が盛り上がる量の水が湧き出ていたのですがね。
夫:八海とは池がいっぱいあるという意味ではなかったのですね。そして、ここは霊場な
んだ。あの大きな池が人工池だとは知りませんでした。昔来た時は、池と富士山と茅
葺屋根を組み合わせた風光明媚な景観だけを追い求めて写真を撮ることに夢中になっ
ていたと思う。日本人の富士山信仰には考えが至っていなかったよ。恥ずかしいね。
案内人:もう一つ、八つの池は北斗七星と北極星に見立てられ、富士講信者に親しまれて
いました。この地図にポツンと離れた場所の一番霊場「出口池」がありますが、
それを北極星に見立てているのです。是非、一番霊場から順番に巡ってください
ね。尚、3番霊場の「底抜池」は私有地ですので300円の入館料が必要ですよ。
でも残念ながら今日は身内に不幸があって閉まっています。
妻:北斗七星のお話しは面白いですね。「出口池」のことは知りませんでした。今日は富
士山信仰の心を持って八海の霊場巡りをしましょうよ。そうすれば、うるさい中国人
の声もお土産屋の無粋な建物も少しは気にかけずに済むものね。
夫:同感だね。忍野八海の景観に関心を置くのではなく、霊場巡りとして歩けば、遠い昔
の忍野八海に出会えるかもしれないな。
二人は一番霊場の「出口池」に向かって歩き始めました。確かに、「出口池」は中心から
離れており、池には観光客もまばらで、それも日本人だけでした。
夫:ここが一番霊場の「出口池」だ。一番大きい池だね。八海の中心部は忍野特有の自然
環境を楽しめる状況は失われているけど、ここは最も自然な姿を残しているようだね。
妻:周囲に売店などが全くないのがいいわ。この池の人気がないのは中心から離れている
こともあるけど、樹木に覆われて水面に富士山が映らないからでしょうね。ここから
八海の霊場巡り開始ね。霊場の表札をしっかり読みましょう。楽しみだわ。
夫:二番霊場の「お釜池」に到着だ。ここは最も小さい池だ。昔の人は湧き水の噴出口が
見えたかもしれないけど。今はバイカモによって噴水口も水の深さも実感できないね。
妻:三番霊場の「底抜池」の閉館は残念だけど、四番霊場の縁結びの「銚子池」がこの道
の奥にあるわ。池の底の砂地が巻き上がるのが見えると書かれているわよ。
夫:着いたけど、この池は澱んでいて藻が浮き上がっている。汚くてがっかりだな。池の
縁に立ち止まる人がいないけどこれじゃ当然だ。縁結びの雰囲気はないな。
妻:先ほど見た五番霊場の「涌池」に戻ったわよ。ここは湧水量も豊富で、揺れ動く水面
や深い水底の景観が美しく忍野八海を代表する池ね。逆さ富士が水面に映っている。
きれいだわ。土産屋がなければいいのにな。昔の人にとっても、この池は特別だった
のじゃないかしら。
夫:この池には水中洞窟があるんだ。昔、テレビで水中洞窟の探検の様子を放映していた
よ。光の関係かな、見つけようとしたけど、水中洞窟の入り口がわからなかった。
さあ!六番霊場の「濁池」だ。ここは川と合流しているから湧き水の出る場所は分か
らないし、霊場感が薄いところだね。
妻:ここが七番霊場の「鏡池」ね。湧き水が少ない池だから、これじゃ、溜池ね。でも
しゃがんで見て!逆さ富士が見えるわよ。湧き水の量が減ったのかしら?
夫:最後の八番霊場「菖蒲池」だ。確かに菖蒲が咲いている。奥には八海菖蒲池公園が
整備されている。池と遠景の富士山とのコラボがいいところだね。
妻:こうして霊場巡りを終えたけど、昔を偲ぶものは表札に和歌が書かれているくらい
ね。忍野八海が霊場としての認知度が低いのがうなずけるわ。これもがっかり度
No1にさせている要因よね。
忍野八海が関東一円の富士講の中で広く知られたのが江戸時代。しかし、 明治新政府の
廃仏毀釈によって富士信仰は衰退し、忍野八海における水行も行われなくなりました。
しかし、昭和60年に「全国名水百選」に選ばれたことにより、忍野八海の観光地化が進
みました。外国人の方が多い観光地ですが、霊場巡りと言う日本人の心で歩くと、風光
明媚だけとは違う忍野八海の顔を見ることができると思います。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます