箱の中に生き者がいた。外には出られない。
行きたい所に移動するには、垂直な面に体重を掛けて、ガタン、ガタンと転がしていくしかない。
生き者は旅行マニアだった。
乗り物に乗る時、段差を登るのに苦労した。ダイヤを乱したのは一度や二度ではない。
階段を降りる時はもっと苦労した。降りるというよりガタガタガターッと落ちる感じで酷い事になる。どこかしらに怪我をした。箱の中は暗いので何処にどれ位の怪我をしたのかよく判らない。ある部位に怪我をして、それが治り、またどこかに怪我をした。
生き者は創造主に願った。
『この箱が玉であったらどんなに良い事か』
移動するのに苦労せず、こんなに怪我をする事もない。
祈りはすぐに叶えられ、生き者は玉の主となった。
生き者が歩けば、それは移動になった。快適な事だった。
それから、生き者はあちこち散歩に出歩いた。以前では考えられない事だった。鼻歌交じりに生き者は歩く歩く。
ところが困った事が起きた。今度は停まっていられないのだ。風が吹けば煽られ、坂では立っていられない。
バス停が坂道にあるときは本当に困った。列に並んで待てないのだ。上の方に体重を掛けても、いつの間にかジリジリと下がってしまう。玉の後ろに並ぶ人も困り顔。
なんとかバスに乗り込み、目的地で降りた。忘れていた。そこは急な坂道だったのだ。
ものすごい勢いで玉は坂を降っていく。もうどうにもならない。運を天に任せた。
しかしそれは味方しなかった。その先は崖で、更にその下は高速道路の真ん中だった。
玉は猛スピードで走る車にはねられ、生き者は意識を失った。
……気が付くと空が見えた。初めて見る空。ここは天国か?
生き者は箱の中に居た。開放されることはなかったのだ。
しかし、それは透明な箱だった。
見回した。始めて見る周りの景色。角があることはもう、問題にならなかった。いや、既に、それには意味があることが解っていた。
生き者は生まれ変わったのだった。
いまさらですが第19回文章塾、お題「箱」における僕の作品を再発表します。
文章塾生の皆さんから寄せていただいたコメントと、僕の返答はこちらから。
行きたい所に移動するには、垂直な面に体重を掛けて、ガタン、ガタンと転がしていくしかない。
生き者は旅行マニアだった。
乗り物に乗る時、段差を登るのに苦労した。ダイヤを乱したのは一度や二度ではない。
階段を降りる時はもっと苦労した。降りるというよりガタガタガターッと落ちる感じで酷い事になる。どこかしらに怪我をした。箱の中は暗いので何処にどれ位の怪我をしたのかよく判らない。ある部位に怪我をして、それが治り、またどこかに怪我をした。
生き者は創造主に願った。
『この箱が玉であったらどんなに良い事か』
移動するのに苦労せず、こんなに怪我をする事もない。
祈りはすぐに叶えられ、生き者は玉の主となった。
生き者が歩けば、それは移動になった。快適な事だった。
それから、生き者はあちこち散歩に出歩いた。以前では考えられない事だった。鼻歌交じりに生き者は歩く歩く。
ところが困った事が起きた。今度は停まっていられないのだ。風が吹けば煽られ、坂では立っていられない。
バス停が坂道にあるときは本当に困った。列に並んで待てないのだ。上の方に体重を掛けても、いつの間にかジリジリと下がってしまう。玉の後ろに並ぶ人も困り顔。
なんとかバスに乗り込み、目的地で降りた。忘れていた。そこは急な坂道だったのだ。
ものすごい勢いで玉は坂を降っていく。もうどうにもならない。運を天に任せた。
しかしそれは味方しなかった。その先は崖で、更にその下は高速道路の真ん中だった。
玉は猛スピードで走る車にはねられ、生き者は意識を失った。
……気が付くと空が見えた。初めて見る空。ここは天国か?
生き者は箱の中に居た。開放されることはなかったのだ。
しかし、それは透明な箱だった。
見回した。始めて見る周りの景色。角があることはもう、問題にならなかった。いや、既に、それには意味があることが解っていた。
生き者は生まれ変わったのだった。
いまさらですが第19回文章塾、お題「箱」における僕の作品を再発表します。
文章塾生の皆さんから寄せていただいたコメントと、僕の返答はこちらから。