読書日記

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日本近世の起源 渡辺京二 洋泉社新書

2008-08-12 10:34:39 | Weblog

日本近世の起源 渡辺京二 洋泉社新書


戦国乱世から徳川の平和へという副題がついている。江戸時代は強固な身分制度に支えられた武士の独裁体制で農民を搾取して体制を維持したまさに暗黒の時代だったという通説を覆した「逝きし世の面影」の続編である。学会にはびこる邪説を深い研究と洞察によって一掃した功績は大きい。農民というのは武装して戦って武士になるものもいたというから、搾取され放題の弱者という位置付けはテレビの時代劇の誤謬をそのまま受け継いだものだということがわかる。農民はそんな弱者ではないのだ。またそんな暗黒時代なら300年も続くはずがないことも確かである。このことを言い出したのは大石慎三郎だったと記憶する。
 本書の最大の功績は網野善彦氏の「無縁・公界・楽」の世界を徹底的に批判して、正論を提示したことにある。網野氏の主張を自由・解放・人権といった近代観念を過去に投影しただけの歪んだステレオタイプの主張で、左翼史学の特徴だと喝破した。喧嘩両成敗の由来など全編示唆に富む見解が述べられているが,第八章の「一向一揆の虚実」が特に面白く読めた。一向一揆については従来「農民戦争」とか「信仰を守るための戦い」などと言われていたが、実態は本願寺が親鸞の思想を変質させ、信徒を組織化して行くなかで、教団が政治権力化し、信徒を教団の利益のために戦争に駆り立てて行ったものなのだ。宗教集団が陥りやすい欠陥として、著者は厳しい批判を向けている。なお、一向一揆については神田千里氏の著作に立派なものがある。こうなったら江戸時代の身分制度で埒外に置かれたの由来についても意見を聞きたいものだ。あれの政治起源説は民衆と権力者という二項対立の図式で、明らかに網野氏の流れを受けていると思う。従って批判されるべき点は多い。