読書日記

いろいろな本のレビュー

パリデギ  黄暎 岩波書店

2009-03-20 18:32:53 | Weblog

パリデギ  黄暎 岩波書店



 副題は「脱北少女の物語」 パリは少女の名前。彼女は死者の魂を聞き取ることのできる能力を持っている。いわば巫女(ムーダン)という設定だ。一家は飢餓に苦しむ北朝鮮を逃れて国境を越えて中国に渡り、そこから「蛇頭」の手引きでなんとロンドンに渡る。彼女はその途中で家族全員を失って、天涯孤独の身になるが、ロンドンでパキスタン人のアリと知り合い、結婚し、子供ができる。ロンドンは移民、難民が世界中から集まる場所で、一つのコスモスという設定だ。その街で、パリはテロや暴力に苦しむ人々の声を聞く。
 脱北小説というので、家族、民族のどろどろした怨念が描かれているのかと思ったが、そうではなかった。朝鮮半島の特殊性をロンドンというマクロコスモスで普遍化したという感じで、読後感はお茶漬けのあっさりで、焼肉のこってりではなかった。著者は言う、「韓国的な形式と叙事に、現在の世界が直面している現実を突き合わせた作品で、今日的な現象である《移動》をテーマとしながら、戦争と葛藤の現代世界に対し、文化と宗教、民族と貧富格差を越える、多元的な調和の可能性を模索したものです」と。さて、この方法は成功しただろうか。大江健三郎はこの本の腰巻で、「この国の現実逃避のヤワな神秘主義に逆らって云々」と賛辞を贈っているが、朝鮮民族の特殊性をとことん極めたほうが、普遍性に行き着き易いのではないかと思う。南北問題を地球上の他の紛争と一緒くたにしたが故に焦点がぼやけてしまった。
 著者曰く、「私は北朝鮮の難民を新自由主義世界システムの負の部分と見ており、程度の差はあれ、周辺部地域では餓死寸前の惨状が見られます。(中略)自らと朝鮮半島の現在の生を、世界の人々と共有しようとすることこそ、作家としての私が国境や国籍に縛られない《世界市民》になる道なのです」と。北朝鮮の独裁、人権抑圧体制が、自由主義(資本主義)国の責任だという論法はいささか奇異に感じられる。また世界市民という言葉もなんだか実感が湧かない。私が読後感じた物足りなさは、著者のこの考え方に異論があることの間接的なリアクションなのだろう。