読書日記

いろいろな本のレビュー

世界は分けてもわからない  福岡伸一  講談社現代新書

2011-06-05 09:58:14 | Weblog
 福岡氏は今マスコミでも人気の分子生物学者で『動的平衡』『生物と無生物のあいだ』等の著書がある。著書の素晴らしさは言うまでもないが、私は氏の容貌に強い印象を受けた。誰かも言っていたが、あの顔は一度見たら、二度と忘れられない顔だ。特に目がきらきら光っていて、ピュアーな感じが横溢している。宗教家のような印象を受ける。
 本書のテーマは「部分と全体」「連続と不連続」だと思うが、それを分子生物学や文学・芸術の蘊蓄を傾けて解説されており、著者の才能のきらめきが素人目にもわかるという仕掛けになっている。特に第三章の某大学で行なわれた講義録は講義録でありがゆえに一番わかりやすくて面白かった。コンビニのサンドウィッチはなぜ日持ちがするかということから、代謝を遅らせるソルビン酸の話に移る。ソルビン酸は細胞実験で微量であれば人体に無害とされているが、シャーレに取られた人間の細胞でいくら実験をしても、人体全体の細胞活動と切り離されているがゆえに、無害云々を言うのは早計だと警告する。「部分と全体」の議論がヴィットーレ・カルパッチョの絵画「コルチジャーネ」と「ラグーンのハンティング」によって具体化される。この二つの作品は別々に展示されていたが、本来一枚であったということが分かった。一枚一枚では理解不能な構図や登場人物が一枚の絵だと考えればすべて腑に落ちるということだ。部分だけ見ていても全体は把握できない。また逆に部分だけでは理解できないものが全体を見れば理解可能になるということだ。
 著者は言う「問題なのは、現代の私たちの身の周りでは、リスクが極めて小声でしか囁かれない、むしろわざと見えないようにされがちだということです。ソルビン酸は,加工食品の後ろに貼られているレベルの中にごく細かな字でしか表記されていません。そしてわたしたちの多くはそこに全く注意を払っていないし、たとえソルビン酸という文字を見たとしてもその間接的な作用にまでは想像力が届かないということです。生命をかき分け、そこだけ取り出して直接調べるという、一見、解像度の高いインビトロ(試験管)の実験。しかし、インビトロの実験は、ものごとの間接的なふるまいについて何の情報ももたらしてはくれません。ヒトの細胞はそこでは全体から切り離されているからです。本来、細胞がもっていたはずの相互作用が、シャーレの外周線に沿ってきれいに切断されているのです。あたかもコッレール美術館にひっそりと飾られているコルティジャーネのように」と。
 物事を総体で理解しようとする努力は最近のマニュアル本全盛時代には必要だということがよくわかる。部分にこだわって全体が見えていないということは現代人の通弊と言えるもので、政治家やマスコミはここを狙って愚民化を画策している。くれぐれも注意が必要だ。