招き招ける手はからくりの秋扇 森田 雄
暑さのぶり返しに備えて、仕舞わずに身の傍らに置いている秋扇。無用のものに名残の名前をつける、いかにも俳句らしい季語だと思う。一読、扇を持っておいでおいでと招き寄せているように思うが、招いているのは扇ではなく手。繁華街でキャバレーの呼び込みなどやっているが、あの手の動きだろうか。多分この「秋扇」は無用のもの、時期を過ぎたものという意味的な働きを強調するため置かれているのだろう。理に落ちた見方かもしれないが、季語の情緒的な要素を破壊するため置かれているとも思える。人を迎え入れる心もないのにひらひら人を招き寄せる手。異物化された手がからくり仕掛けの扇となって動くイメージは「秋扇」の語の醸し出す空しさと重なって忘れられない印象が残る。第2次「未定」(2012年94号)所載。(三宅やよい)
秋扇】 あきおうぎ(・・アフギ)
◇「扇置く」 ◇「忘れ扇」 ◇「秋扇」(しゅうせん) ◇「名残の扇」 ◇「捨扇」(すておうぎ) ◇「秋団扇」(あきうちわ) ◇「団扇置く」 ◇「捨団扇」(すてうちわ)
秋になって顧みられなくなった扇。また、残暑の候なお用いている扇。夏の名残を惜しむ心が湧く。夏の外出時に持ち歩いた扇が使われないままバッグの底にあることもいう。同じく「秋団扇」は秋になっても用いるうち団扇。または、しまわずに置いてある団扇のこと。
例句 作者
酔ふまじき酒の座にゐつ秋扇 村山古郷
秋扇たしかに帯にもどしけり 久保田万太郎
帯といて落たる秋の扇哉 松瀬青々
花よりも鳥美しき秋扇 後藤夜半
秋扇や高浪きこゆ静けさに 水原秋櫻子
亡き妻の秋の扇を開き見ぬ 佐藤漾人
老人に飽きしと父が団扇置く 柴田佐知子
美しき忘れ団扇の山家かな 大峯あきら
愚かなるきのふの美食扇置く 菅原鬨也
秋扇半開きにて使はるる 能村研三