流星やいのちはいのち生みつづけ 矢島渚男
季語は「流星(りゅうせい)」で秋。流れ星のこと。流星は宇宙の塵だ。それが何十年何百年、それ以上もの長い間、暗い宇宙を漂ってきて地球の大気圏に入ったときに、燃えて発光する。そして、たちまち燃え尽きてしまう。この最期に発光するという現象をとらまえて、古来から数えきれないほどの詩歌の題材になってきたわけだが、その多くは、最後の光りを感傷することでポエジーを成立させてきた。たとえば俳句では「死がちかし星をくぐりて星流る」(山口誓子)だとか「流れ星悲しと言ひし女かな」(高浜虚子)だとかと……。しかし、この句は逆だ。写生句だとするならば、作者が仰いでいる空には、次から次へと流星が現れていたのかもしれない。最期に光りを放ってあえなく消えてゆく姿よりも、すぐさま出現してくる次の星屑のほうに心が向いている。流星という天体現象は、生きとし生けるもののいわば生死のありようの可視化ともいえ、それを見て生者必滅と感じるか、あるいは生けるものの逞しさと取るのか。どちらでももとより自由ではあるが、あえて後者の立場で作句した矢島渚男の姿勢に、私などは救われる。みずからの遠くない消滅を越えて、類としての人間は「いのち」を生みつづけてゆくであろう。このときに、卑小な私に拘泥することはほとんど無意味なのではないか。そんなふうに、私には感じられた。うっかりすると見逃してしまいそうな句だが、掲句はとても大きいことを言っている。『百済野』(2007)所収。(清水哲男)
【流星】 りゅうせい(リウ・・)
◇「流れ星」 ◇「星飛ぶ」
宇宙に漂う塵が大気中に入って燃焼・発光する現象。夜半に多く現れ、8月中頃の空に最も多い。流星というが、実体は宇宙の塵または砂粒とよぶべきもので、これが群となって夜空に現れ一瞬にして消えると星が飛ぶあるいは流れるように見えるのである。
例句 作者
流星や旅の一夜を海の上 下村ひろし
流星の尾の長かりし湖の空 富安風生
星流れ土偶の眼より波の音 菅野茂甚
流れ星何か掟を破りしや 有吉桜雲
星一つ命燃えつつ流れけり 高浜虚子
みごもりて流星さとく拾ひをり 菅原鬨也
夜遊びの記憶に星の流れけり 神田綾美
星飛ぶやどこまで行くも早寝村 いのうえかつこ
星流れ落葉松林すぐ目の前 服部多々穂
流星のつづけさまなる終列車 清水昇子