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拒絶の歴史(83)

2010年07月03日 | 拒絶の歴史
拒絶の歴史(83)

「この前、お前あの店に寄ったんだって?」
 バイト先に行くと、店長がぼくに話しかけた。この名前を入れない呼び方は、両者は同類だよなという意味が存分に含まれていた。
「え? なんで知っているんですか?」
「それにしても、お前も美人が好きだよな。他にいた客を覚えていないかもしれないけど、あの中にオレの友人もいたんだよ」
「そうなんですか。それで・・・」
「そうだよ。あの店の女性はそもそもオレたちの同級生でもあるんだよ。加藤さんっていうんだけど」

 ぼくは、その事実に少しだけ驚いている。
「世界は狭いもんですね」
「あの子は、オレらの学校の中でアイドル的な存在でもあったんだ。オレはいまの妻と直ぐ付き合ってしまったんで、その競争からは脱落したけど、それでもどこかではね。まあ、お前が河口さんっていうひとに憧れるような気持ちと同じなのかな。しかし、少しの年代の差でこうも違うのかな。オレたちは高嶺の花は、高嶺のままで置いといたけど、お前らは実際に行動するんだもんな」

「しかし、誰かと結婚していたんですよね。子どもにもサッカーを教えたいとか言ってたから」
「それも、オレらの同級生だよ。いまは離婚して東京にでもいるのかな」

 彼は、そこで口をふさぎ、その代わりに手を動かして店内の整理をはじめた。そうしていると彼の奥さんが娘を連れて戻ってきた。彼はその時刻を知っていて、女性の話を終えたのかもしれなかった。女の子は、バックを放り出し父に飛び掛った。彼はそれを受け止め、上空に勝利の記念のカップのように軽々と掲げた。

「こんにちは、ひろし君」と奥さんがいった。ぼくは、もうその家族の一員であるような錯覚をよく抱くようになった。それで、ぼくも自然と、「こんにちは」と返した。

 二人はそのまま奥に消え、店内はまたぼくらだけに戻った。並べられるものはきちんと整理され、いくつかのものは場所を変えて新鮮な雰囲気を作り上げようとした。しかし、誰も店に入ってこないのでぼくらはまた無駄口をたたくことになる。
「それで、あのひとは誰と結婚したんですか?」
「気になるのか?」
「まあ、それは」

「なんかみんなから、女性からだけど好かれるタイプの人間で、そこそこスポーツもでき、勉強もトップとまではいかないけど、賢いなという評判ぐらいは得られるタイプの人間だよ。それでも、家庭の環境でもあるのかな、少し不良っぽい感じで、あの年代の女性が気になるような感じを出していたね」
「イメージできますね」

「彼女は、何人からも迫られてもう疲れていたのかな、このひとと付き合えばまあみんな納得するだろうという気持ちでもあったのかな、分からないけどオレはそんな気がするね」
「打算ですか?」
「ちょっと違うけど、極論すれば、そうなるのかもな。ちょっと違うけど」
 ぼくは、そのひとりの女性の感情の流れが気になった。

「でも、離婚しちゃった」と、ぼくは独り言のように呟いた。その過程になにがあったのかはまだ分からなかった。そうした経験を取り入れていない自分は、想像すらもあまりできなかった。だが、その数年間で彼女が失ったものや、見出したものを探そうと考えたが、自分にはそれも分からなかった。

「まあ、いろいろあるもんだよ。それにしてもお客さん来ないな」と言っていると、店長の友人が会社帰りのスーツ姿で店の前を通りかかったので彼も店の外に出て行き、そこで長いこと立ち話をしていた。彼は基本的に誰かと会話することを好んでいるのだ。その為、彼の奥さんもその会話の不足ということで不満を持つことはなかった。だが、ひとりになったぼくはさまざまなことを空想する時間を与えられた。

 高校時代のアイドル的な存在であるということの満足と、誰かの視線を感じる恐怖。ぼくもラグビーをしていて声援をおくられ、その彼らが持ち始めてしまった位置まで頑張らないといけなかったことを考えていた。自分の目標でもあったことが、それは共有のものになった。加藤さんというひとりの女性の若かりし頃の悩みや心配を誰も知らず、ただその外見と放つ雰囲気により、みなの視線を浴びることになってしまうバランスをぼくは考慮した。してはみたがただしたというだけで、答えも解決策も得られずにいた。そのことをしった手前、ぼくは次に上田さんの父と一緒に店にいったときに、普通の顔をしていられるのか自分のことを逆に心配していた。

「なんか、たまに会ったんで飲みに誘われちゃった」と店長は嬉しそうな様子で店に入ってきて、奥にむかった。奥さんにことわりをいれるのだろう。あの長話で会話が終わってしまうこともなく、良い導火線にでもなってしまったのだろう。

 彼は、きれいなシャツを羽織り、「まあ、今日はこんな様子だから、お客も来ないし適当な時間に閉めて、飯でもあいつに用意してもらって食べていけよ」と言い残し出掛けた。その予言の言葉通り、数人がこまごまとしたものを購入しただけで、レジのなかのお金はそのまま大して増えなかった。
コメント
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