拒絶の歴史(85)
秋になった。
それまでに雪代から洋服やアクセサリーの入った荷物が何回か届き、また実際に自分で車の後部に入れて持ってきたものもあった。ぼくはそれらを倉庫に詰め込み、ふたたび鍵を閉めた。荷物は空間を半分くらい埋め、徐々に理想の店舗に近付いていくようだった。
上田さんの父の会社が建てている駅前のビルは、春ぐらいまでには完成されそこのテナントとして入ることをぼくは勧められていた。それを前に雪代に伝えてあったが、彼女も決心が着き、そこを借りることに決めた。何度か交渉があり、もともとぼくに対して、息子の友人であるという一番の利点があったからか便宜を働いてくれ、予想したより低い賃貸料で使うことができることになった。まだ、会社も成長段階で、彼の一存にかかっていることが多かった。そして、彼は人より情の量も多かった。
「それよりか、近藤君もうちで働けよ」と彼はいま思いついたというように言った。しかし、自分はいつかこの言葉が彼の口から出るであろうことは予感していた。
「そうですか? 考えておきます」とぼくは自分の口からその言葉が自然と出た。ぼくの隣に座っている雪代は驚いたような顔をして、ぼくを見た。その後、そこの会社をあとにすると、
「あれって、本気で言ったの?」と訊いた。
「なんで?」
「いろいろ都会の大きな会社とかもあるし」
ぼくは自分の背丈が分からないような気持ちだった。だが、いままでの関係性の延長に自分を置いておきたかったのも事実だし、それがこころの底にはあった。彼女は数年でお金を集め、自分の理想を叶えようとしていた。そこからぼくの風景を見ると、あまりにも野心がないように見えるのかもしれない。しかし、それからはお互いにそのことについて触れなかった。なんだかんだいっても、ぼくはまだ自分の未来を決めかねていたのだ。そのことも雪代は理解していたはずだ。
雪代が帰省するといつも行く喫茶店に入った。たぶんバッハであろう音楽が優雅に流れていた。それだけで、この店内が異次元にあるような錯覚をいだいた。ここは昨日のつづきであろうかと?
彼女はケーキを食べ、コーヒーを飲んでいた。ここのコーヒーがどこよりも美味しいときまって彼女は言った。そして、東京の友人たちや、その友人宅で飼われている犬のことや、おいしいサラダのことなどを次から次へと話していた。それに比べると自分の宇宙はあまりにも狭かった。会う人も当然のように限られていた。何人かの顔が浮かび、それが誰かに変わってしまうことはありえなかった。
ぼくらはそこを出て、スーパーで買い物をしたあと、家で飲むようのお酒を買いに行った。その店は妹がバイトをしており、ぼくはたまに自分ひとりでも買いに行くことがあったが、雪代は初めてだった。
「いらっしゃいませ」とラフな格好の妹はぼくと雪代に声をかけた。
「こんにちは」と雪代も笑顔で言った。
妹は照れたような様子を見せ、根本的に好奇心のかたまりのような彼女は、憎むという以前あった方針よりそれが飛び越えてしまったように雪代といろいろと話していた。
ぼくはその間にビールをかごに入れ、ワインを数本選んでいた。そこに店主があらわれ、おすすめのものを奥から持ってきてくれた。
「まだ仕入れたばかりで値段も決めかねているんだけど、妹さんの手前ね」と言って、ぼくと妹を交互にみた。また、そこにいる雪代のことも確認したらしい。もともと、ぼくの家の電気屋と目と鼻の先にあるその店の主人は、ぼくらの幼少のころから可愛がってくれ、その子どもがお酒を飲める年齢になったことが、ことのほか嬉しいようだった。
「今度、買うばっかりじゃなく、一緒にそとに飲みにいこうよ」と営業抜きの笑顔で彼は言った。ぼくは頷き、勧められたワインを2本ばかり手にした。
「ひろし君は地域のひとに愛されているのね」と雪代が言う。
「だって、子どものころからここだけで成長し、みんながラグビーを応援してくれるという間柄だしね。そうなるより仕方がないんだろうな」ぼくは都会で成功する可能性を否定する言い訳を探していただけなのだろうか? そればかりは直ぐに答えもでなかった。ただ、話題を探すのを困っているひとのように「妹となにを話していたの?」とたずねた。
「女の子だもん、いろいろだよ」と彼女はぼくの方をみてポツリと言った。
秋になった。
それまでに雪代から洋服やアクセサリーの入った荷物が何回か届き、また実際に自分で車の後部に入れて持ってきたものもあった。ぼくはそれらを倉庫に詰め込み、ふたたび鍵を閉めた。荷物は空間を半分くらい埋め、徐々に理想の店舗に近付いていくようだった。
上田さんの父の会社が建てている駅前のビルは、春ぐらいまでには完成されそこのテナントとして入ることをぼくは勧められていた。それを前に雪代に伝えてあったが、彼女も決心が着き、そこを借りることに決めた。何度か交渉があり、もともとぼくに対して、息子の友人であるという一番の利点があったからか便宜を働いてくれ、予想したより低い賃貸料で使うことができることになった。まだ、会社も成長段階で、彼の一存にかかっていることが多かった。そして、彼は人より情の量も多かった。
「それよりか、近藤君もうちで働けよ」と彼はいま思いついたというように言った。しかし、自分はいつかこの言葉が彼の口から出るであろうことは予感していた。
「そうですか? 考えておきます」とぼくは自分の口からその言葉が自然と出た。ぼくの隣に座っている雪代は驚いたような顔をして、ぼくを見た。その後、そこの会社をあとにすると、
「あれって、本気で言ったの?」と訊いた。
「なんで?」
「いろいろ都会の大きな会社とかもあるし」
ぼくは自分の背丈が分からないような気持ちだった。だが、いままでの関係性の延長に自分を置いておきたかったのも事実だし、それがこころの底にはあった。彼女は数年でお金を集め、自分の理想を叶えようとしていた。そこからぼくの風景を見ると、あまりにも野心がないように見えるのかもしれない。しかし、それからはお互いにそのことについて触れなかった。なんだかんだいっても、ぼくはまだ自分の未来を決めかねていたのだ。そのことも雪代は理解していたはずだ。
雪代が帰省するといつも行く喫茶店に入った。たぶんバッハであろう音楽が優雅に流れていた。それだけで、この店内が異次元にあるような錯覚をいだいた。ここは昨日のつづきであろうかと?
彼女はケーキを食べ、コーヒーを飲んでいた。ここのコーヒーがどこよりも美味しいときまって彼女は言った。そして、東京の友人たちや、その友人宅で飼われている犬のことや、おいしいサラダのことなどを次から次へと話していた。それに比べると自分の宇宙はあまりにも狭かった。会う人も当然のように限られていた。何人かの顔が浮かび、それが誰かに変わってしまうことはありえなかった。
ぼくらはそこを出て、スーパーで買い物をしたあと、家で飲むようのお酒を買いに行った。その店は妹がバイトをしており、ぼくはたまに自分ひとりでも買いに行くことがあったが、雪代は初めてだった。
「いらっしゃいませ」とラフな格好の妹はぼくと雪代に声をかけた。
「こんにちは」と雪代も笑顔で言った。
妹は照れたような様子を見せ、根本的に好奇心のかたまりのような彼女は、憎むという以前あった方針よりそれが飛び越えてしまったように雪代といろいろと話していた。
ぼくはその間にビールをかごに入れ、ワインを数本選んでいた。そこに店主があらわれ、おすすめのものを奥から持ってきてくれた。
「まだ仕入れたばかりで値段も決めかねているんだけど、妹さんの手前ね」と言って、ぼくと妹を交互にみた。また、そこにいる雪代のことも確認したらしい。もともと、ぼくの家の電気屋と目と鼻の先にあるその店の主人は、ぼくらの幼少のころから可愛がってくれ、その子どもがお酒を飲める年齢になったことが、ことのほか嬉しいようだった。
「今度、買うばっかりじゃなく、一緒にそとに飲みにいこうよ」と営業抜きの笑顔で彼は言った。ぼくは頷き、勧められたワインを2本ばかり手にした。
「ひろし君は地域のひとに愛されているのね」と雪代が言う。
「だって、子どものころからここだけで成長し、みんながラグビーを応援してくれるという間柄だしね。そうなるより仕方がないんだろうな」ぼくは都会で成功する可能性を否定する言い訳を探していただけなのだろうか? そればかりは直ぐに答えもでなかった。ただ、話題を探すのを困っているひとのように「妹となにを話していたの?」とたずねた。
「女の子だもん、いろいろだよ」と彼女はぼくの方をみてポツリと言った。