爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
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Untrue Love(5)

2011年12月16日 | Untrue Love
Untrue Love(5)

 そして、3人目。

 美容室のチラシを配っている女性として目の前に表われる。何回かそれを受け取り、店の名前を記憶する。直ぐそばのビルの上階、多分、5階か6階の見晴らしの良さそうな場所にある美容院。彼女は、いつも変わった服装をしている。

「いつも通るけど、バイト?」ぼくは何枚かそれまでにもらった紙を無駄にしていた。噛み終わったガムを包んだりもしていた。
「そこのデパートで」ぼくは、そっちの方向を指差す。顔も変わった化粧方法をしているが、それを取り除けば、美少女が隠れている印象をもった。

「髪、切ったほうがいいよ。ボサボサだよ」
「そうかな」ぼくは、自分の髪について、そこにあることを改めて発見したように触った。確かに、そう言われればそういう気もした。しかし、その触った手で「また」というような合図をして、そこから離れた。でも、彼女はもう、別のひとにチラシを手渡していて、ぼくの素振りを見ていなかった。だから、ぼくは自分の右手を不自然に引っ込めるしかなかった。

「髪、切ったほうがいいよ、ほんとに。この前、いつ、切った?」夕方になるとお客さんが少なくなるのか、彼女は路上にいる。ゴダールの映画の新聞売りの少女のように。あれは、ヘラルド・トリビューン?

「さあ、2、3か月ぐらい前」彼女は誰かと気持ちを交感することを喜びとするようなタイプに見えた。
「だったら、切るべきだよ。髪を切らせてくれる人を探しているんだ。店が終わったあとに」
「ただで?」
「ただで。成功は保証しないけど、まあ、今よりはましになるよ」彼女はチラシにボールペンで自分の名前(ユミ)を書き、切りたくなったら、連絡をくれと言って、さらに紙を1枚無駄にする。

「髪、伸びてきてますかね?」ぼくは、バイトの先輩に訊いてみた。
「そろそろ、床屋に行って来いという時期から早くも2、3週間は経ってるよ。また、急になんで?」
「さっき、そう言われたもんで」
「バイト代でも入ったら、切ってこいよ」
「そうします」

 ぼくのバイトが終わるころに窓を見上げると、いつもより照明が薄暗くなってはいたが、美容院がある上階はほんのりと灯っていた。もしかしたら、まだ練習とか後片付けを彼女(ユミ)は、しているのだろうか。

「明日、わたし休むからその前に来れば、切ってあげるよ」彼女は、路上でそう言う。カラフルな洋服。誰が、このような格好をして似合ってしまうのだろう。自分の一部のように。

「いいけど、そうポップにされると困るよ」
「ポップ? ガ・ハ・ハ」とユミは豪快に笑う。「いいよ、クラシックにしてあげる」ぼくの頭の中には、七・三分けにした頭や、整髪料できっちりとオールバックにした髪型が想像された。
「古臭くなりすぎるのも、もっと困るよ」
「わたしに任せなさい。これでも、器用なんだから」
 それで、結局、バイトが終わった後、店のドアを開けた。
「こっちに座んなよ。頭、洗ってあげる。でも、なんて呼んだらいい?」

「山本順平」
「じゃあ、順ちゃん、こっちに」ぼくは座り、後ろに倒される。お湯がかかり、頭が泡立った。彼女は、喋るという行為と切っても切り離せないらしく、あらゆることを話した。まだ、いまは見習いでお客さんの髪は切っていないとか、それでも、徐々に成長しているとか、実家の話とか、別れてしまったボーイ・フレンドとか。「はい、今度は鏡の前」

 ぼくは移動して、髪をタオルで拭かれる。そのあと、ハサミを取った彼女が、ぼくの髪を切っていった。
「どんな感じに?」ぼくは、少し心配になっている。

「任せておきなって。でも、女の子の知り合いいない? 長い髪も切りたい」
「新米に?」
「そう、新米に。じゃあ、さ、今日、出来栄えが気にいったら紹介して」
「終わってから、決める」

 それから、数十分経って髪は短くなり、また洗い流して、ドライヤーをかけられ終わった。ぼくは服の上の布をはずされ立ち上がる。

「ちょっと、一周まわって」ぼくは言われた通り、そこで回転する。「悪くないと思わない?」
「そうだね。大した実力」
「見直した?」
「うん、これだったら、ずっと切ってもらいたい」
「してあげるよ。やっと、終わった。で、お腹すいた。ご飯、付き合わない?」
「いいよ」

 ぼくらは20分後ぐらいに向き合って座っている。どこか、親密感があった。
「あの美容院の限られた中だけじゃなく、自分が切ったヘアースタイルを、いろいろな場所で、いろいろな角度で見てみたい。だって、髪型って、そういうものでしょう。あの枠の中だけではなく・・・」

 彼女の言う意味は良く分かった。それで、あのように街中でチラシを配っている姿だけで、とても立体的に生きていると見えてしまうのだろう。それはここで肘をついてストローを吸っていても、頬杖をついて思案しても、とても魅力的に映った。
「さっきの約束は? 女性の髪も切りたいんだけど」
「実力は知った。でも、女友だちがそういない」
「ほんと? わたしも同性の友だちそんな居ないんだ」そういって無邪気に笑った。それで、寂しいとかの感情があるようでもなかった。
コメント
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