爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
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Untrue Love(6)

2011年12月26日 | Untrue Love
Untrue Love(6)

 バイトが終わり、2週間に一度ぐらいは帰りに近くのお店に寄るようになった。ぼくは椅子を片付け、一度、見返りにおごってもらった。その後も、何度か誘われるがずっと無視するのも現金すぎるので、一度、寄った。それが繰り返される恐れもあったが、ついつい通う羽目になった。

「それで、ふたりは、どういう関係なんですか?」ぼくは矢口さんという女性に訊く。彼女は細身な女性だが、料理を担当しているのは大柄な男性だった。急に酔ったひとが暴れても簡単に抑え込むことができるような腕の太さを持っていた。そのふたりだけで店を切り盛りしていた。

「どういう風に見える?」
「普通だったら、夫婦とか恋人がはじめた店のようにも見えるけど。でも、つまり、その、彼は・・・」
「男性の方が好き」
「若気の至りで、衝動的に店を始めるようなふたりでもない」
「店なんか、結構、入念に計画するものだよ」彼女は、カウンターの前に陣取り、ぼくの目を真っ直ぐに見ていた。その視線は、ぼくの奥まで筒抜けるような力があった。
「うん、分からない。降参」
「兄弟だよ」

「誰が?」ぼくは、疑問をそのまま出すのではなく、その意見にささやかな抵抗をする。
「わたしたち。姉と弟」
「体型がそんなに違うのに?」
「彼は、後天的に鍛えたから。身体も料理の腕前も。つまりは、努力のひと」
「いつみさんは?」
「思いつきの人間。衝動的、咄嗟的。右脳の人間」
「でも、店をやるために計画を練った」
「それも、衝動的。家を飛び出し、ぶらぶらしているところ、母が急逝。急にいなくなった。私たちには父の印象があまりなく、彼女の働きだけで育てられた。それで、店も宙ぶらりんになるところだったけど、兄弟で、ここぐらいは守ろうかと。それで、いま居る」

「波乱万丈。残された砦」
「そうでもないよ。弟は、どっちにしろ、店のなかで働くような仕事を希望していたし、よその店でも経験があった。わたしは、なんとなく、それに乗った。衝動的に」
「で、良かった? 衝動の結果は」
「ひとから避けるようなことを、若い頃、たくさんしたけど、ひとと触れ合うことが根源的に性に合ってるんだね。正解だった。わたしにとってはまぐれだけど」
「そう見えます。性に合ってる」

「じゃあ、はい、おかわりを勧める」彼女は、にっこりと笑う。その母という人も、このような笑顔ができる人間のようにも思えた。「勉強、わたし、苦手だった。苦痛のかたまり。順平くんは?」

「人並みに好きじゃないけど、しておけば、いろいろな選択の機会がひろがるから」
「銀行員にもなれるし、医者にもなれる。頭がよければ」彼女のその短絡さを可愛く思う。

「うまい料理を、毎日、同じ程度に作れる方が、ほんとは、偉いんだよ。はい」と言って太い腕がぼくの前に差し出された。彼女の弟。「食べてみなよ」ぼくは不思議とこの兄弟から気に入られた。後で知るが、この店を訪れるひとは彼らの母の時代からの常連たちが多く、新たに顧客を開拓する努力がいらなかったための反比例に思えた。そのため、いまでは徐々に店のなかの平均年齢はあがっていき、そして、大勢の人数をつめこめるほどそれほど店内も広くはなかった。

 弟の視線は、ぼくの食べる様子をしっかりと眺めている。自信と不安の共存がその目のなかにあった。でも、実際にどれもおいしくバイトが終わったあとの疲れた身体には、体力を回復させるエネルギーがそこにあった。
「おいしいです。単純においしいです」

「順平くんは、とっても、素直なんだよ。可愛いね」いつみさんは、ぼくのことも弟のように見つめている。そして、こんな発言をした。「また来るといいよ。常連さんは、いつも、同じ味を食べたくなる。何か創るひとは、もっと新しいものを望んでしまう。その試食もいる」
「おいしいものを食べるモルモット」ぼくも笑顔で答える。
「いつか、順平くんの名前をモチーフにした料理を作るよ」彼は奥に戻り、代わりに皿を洗う音がした。店のなかも閑散とし始め、ぼくも家に帰る支度をする。いつみさんも洗い終わったグラスや皿を拭き出した。丁寧にこすり、キュッと乾いた金属的な音が両手のどこかからした。
「終わって、家で食事するんですか?」
「別々の場所に住んでる。彼が、このあと、どこに行くか知らない。明日の昼過ぎまで、まったくの自由。わたしも、たまにひとりで飲む。今度、付き合う?」
「いいですね」

「約束したよ。今度ね。おやすみ」ぼくはその言葉を投げかけられ、店の外に出た。外は都会の特有のにおいがする。汚れて、かつエネルギッシュだった。その粒子が肌にぶつかるようだった。それも、いまは寝静まろうとしている。最終電車はそれでも熱気があり、酔ったひとのにおいと疲労が車内に充満しているようだった。ぼくも、そのひとりで、ぼくの存在を認めてくれるひとがこの夜の町にいることが嬉しく、高揚した気分のまま空いた座席にすわった。そのまま眠ってしまうような感じがして、起きているのに少なからず努力がいった。
コメント
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