恋の終わり(2019.12.10日作)
もういいの 言い訳は
あなたの嘘など 聞きたくないわ
恋の終わりは 知らぬ間に
いつか突然 来るものなのね
あなたと二人 ひとつお部屋で
幸せに 暮らした月日だけれど
もう終わりなの 何もかも
キザになる 涙など
あなたは笑って 別れが似合う
そうよそうなの いつだって
わたし一人の 恋だったのね
心に残る 愛の言葉も
思い出を 重ねた白いソファも
もう虚しいわ 今日限り
欲しくない 口づけは
なんにもしないで さよならしたい
愛は虚しく 消えたけど
なぜか涙も 涸れはててるの
窓辺に置いた ランの鉢植え
懐かしく あの日の形見だけれど
もう壊すのよ 見たくない
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ある女の風景(完)
車が動き出すと里見一枝はさっそく聞いて来た。
「どうしてまた、別れる気になんかなったの ?」
「まあね、いろいろあるわ」
わたしは徐々に加速する車の振動に身を委ねながら、今まであれこれ考え、思いを巡らしていた事への疲れから力なく言った。
「それで働くつもりなの ?」
「うん、だって、食べてゆけないでしょう。いつまでも親がかりでいる訳にもゆかないし」
土曜日の夕刻の路上には赤や黄のランプを点けた車がひしめくようにに連なっていた。
「なんてひどい渋滞なの」
里見一枝はいまいましげに口の中で呟いた。
「あなたの力を貸して欲しいのよ」
わたしは里見一枝の呟きには答えず、自分の思いだけを伝えた。
「デザインをやるの ?」
「そんな高望みはしないわ。もう、五年も六年も離れているので出来っこないわよ」
「大丈夫よ。少しやればすぐに堪が戻るわよ」
一枝は事も無げに言った。
「あなたのお店で働かせてよ」
「急ぐの ?」
「なるべく早い方がいいんだけど」
「あなたのお父さんはお金持ちなんだから、どうせなら、ゆっくり厄介になっていた方がいいわよ」
「そうもゆかないわよ。わたしをノイローゼ扱いしているんだから」
里見一枝は思わずといったように笑い出した。
「ご両親が ?」
「そうよ。ひどいったらありしない」
「それを逆手に取るっていう考え方もあるじゃない」
一枝は笑いながら言った。
「厭よ、そんなの。本当のノイローゼになっちゃうわ」
里見一枝は笑った。
「家の中に閉じこもっているっていうのも、楽じゃないわ」
わたしは溜め息交じりに言った。
「だって、あなたは自分から望んでそうしたんでしょう。それで幸福な時もあったんでしょう」
「夢を見ていたのよ。当時は、結婚とい事の中に幸せの総てがあると思い込んでいたのよ。だけど、結婚して家庭を持ってみると、その中にも、卵の黄身と白身のような部分があって、自分はその生活の中でどちらの部分をより多く感じ取れるかという事なのよね、きっと」
「で、あなたに取っては黄身が小さかったという事 ?」
「多分、そうかも知れないわ。それで満足している人もいると思うけど」
「土台、あなたのような才女には無理だったのよ。今だから言うけど、あなた達の結婚が決まった時、わたし達の間では、三年が限度だってもっぱらの噂だったのよ」
里見一枝は言った。
「まあー、失礼ね」
わたしは少しの怒りが滲んだ声で言った。
「だって、事実、そうじゃない。三年ではないけど、五年 ? 六年 ? わたし達の方が先見の明があったのよ」
「厭な言い方しないでよ」
「旦那さんだって、人は好さそうだけど、格別、切れ者っていう感じではないし、わたし達には最初からアンバランスが見えていたのよ」
「なんだか疲れちゃって、ちっょとタイム、っていう感じだわ」
「まあ、いい薬よ」
里見一枝はなぜか、楽しそうに言った。
「他人(ひと)ひとの事だと思って !」
わたしは腹立たし気に言った。
「真由美ちゃんたちは ?」
「連れて行ったわ」
「御主人が ?」
「そう」
「だって、男手一つじゃ大変でしょうに」
「子供達の事を考えると、可哀そうな気がするけど」
「大体、あなたは気が多すぎるのよ」
「気が多いんじゃなくて、早とちりなのよ。なんでも入り口を見ただけで、分かったつもりになってしまう。デザインの仕事だってそうだし、結婚にしてもそうなのよ。結婚生活だって、あるいは、今わたしが考えているより、もっとずっと奥深いものがあるかも知れないのに・・・・・。わたし、よく分からないわ。ただ、なんとなく、今のままでいる事に何か食い足りなさを覚えるのよ」
「結局、欲張りなのよ。才女の才女たる所以だわ。わたしみたいな愚鈍な人間は、一つの事をコツコツやっていって初めて物の姿が見えて来るんだけど、あなたみたいな才人には、何もかもが始めから見えすぎてしまっていて、それでつまらなくなってしまうのよ」
「そんな事ないわよ。何も見えないから、それで懸命に何かを探しているのよ」
「これから先、あなたがどうなるのか分からないけど、今度の事はとにかく、いい経験よ」
「わたしもそう思うわ」
わたしはうそ寒い思いで胸に顎を埋めた。
車が何処をどう走っているのか、わたしにはさっぱり分からなかった。時々、かつて見た事があると思える建物や街並みが車窓を通過して行った。
里見一枝は細い道に車を乗り入れ、速度をゆるめると、地下の駐車場のある建物の前へ来て、ゆっくりとその降り口を下って行った。
車を降りて、一枝と二人、エレベーターで地上四階まで上りドアを開けると、眼の前に赤い絨毯の敷かれたきらびやかな店の並ぶ通路が開けた。
一枝はいかにも物馴れた感じで通路の右手奥に進むと、金色の飾りの付いたレストランのドアを押し開け、わたしを促した。
豪華なシャンデリアの淡い照明の店内だった。
一枝に取っては既に馴染みの店らしく、キチンとした服装のボーイが親し気な笑顔と共に、「いらっしゃいませ」と言いながら、丁寧に頭を下げた。
里見一枝は勝手知ったようにすぐにテーブルの間を抜けて、壁際の奥に向かった。深々としたソファーに向かい合って体を埋めると、やや丈の低いテーブル越しにわたしの顔を見て、
「ブランデーか何か貰う ?」
と聞いた。
「そうね、なんでもいいわ。わたしには良く分からないわ」
わたしは言った。
「まだ約束の時間までには、ちょっと間があるのよ。あなた、顔を見ればきっと分かると思うわよ」
「なに、その人 ?」
「デザイナーよ。オリジナルを頼んだの」
「なんて言う人 ?」
「一ノ瀬浩二」
「知らないわ、そんな人」
一ノ瀬浩二との約束の時間まで、わたし達は料理を口にしながら、かなりの量のブランデーも飲んでいた。わたしに取っては、独身時代以来の極めて稀な贅沢な時間だった。
その後、わたし達が会った一ノ瀬浩二は四十歳のデザイナーだった。いかにも流行に敏感な服飾関係者らしい装いをしていた。わたしに取っては、だが、格別、驚く事ではなかった。かつて、多少なりとも手を染めた事のある世界がそこに展開されていたにしか過ぎなかった。
仕事の話しが終わった後、里見一枝と一ノ瀬浩二が共に馴染みのバー向かって、そこでもまた、仕事の話しに花が咲き、グラスが重ねられた。
わたしにしてみれば、久々の出来事だったが、長いだらだらと続くそんな時間が少しも苦にならなかった。里見一枝と一ノ瀬浩二との間に交わされる耳馴れない言葉や名前もなぜか新鮮な響きを帯びて感じられて、興味は尽きなかった。わたしはただ、二人の話しを傍らで聞いているだけの存在でしかなかったが、それでも何故か、自分の体の内部に活き活きとした活力の甦って来るような感覚を覚えていた。
無論、わたしは、二人の生きている世界の厳しさは充分、知っている。この世界に限らず、どの世界に於いても、人が人として生きてゆく事の厳しさに変わりはない。わたしはもう、小娘ではないのだ。既に二人の子供の母親でもある。その上、離婚と言う重荷を背負って生きて行かなければならない。生半可な気持ちで生きて行く事など出来る訳がないのだ。
しかし、それでもなお、わたしは、わたし自身の心の中に生まれて来るなんとはない、心温かな希望のようなものをこの時、感じ取っていた。そして、この希望があれば、たとえ、自分が二人の子供達と離れた存在であっても、自分独りであっても、生きて行けるような気がしていた。そして、わたしは思った。たとえ、子供達とは離れていても、わたしは二人の子供達の母親なのだ。心の奥底でずっと二人を見守ってゆく事に変わりはないし、そうしてゆくのだ。 完
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takeziisan様
有難う御座います
冬枯れの写真、素晴らしいですね
感激です。かつて尋ねたいろいろな地の
景色を思い出したりしました
お元気な事、何よりです
引き続き、お写真期待しております
でも、どうか御無理をなさらないで下さい
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