三つの不思議な出来事(2010.7.31日作)
(その2)
戦後しばらくは
この国は まだ貧しく
国民一人一人が貧しさから抜け出す為に
必死に働き 懸命に生きて来た
その頃 わたしたち家族は
東京大空襲で深川の家を焼かれ
千葉県の田舎 母の郷里に身を寄せて
生活していた 父一人が
仕事の関係で東京に住み
十日に一度の休日にだけ わたしたち
家族のもとへ帰って来た
そんな不便な生活が続く中で ある時
父がひと月ほど 帰って来ない事があった
電話も不便な時代で 父に何があったのか
知る手立てはなかった
当時 田舎の家には母と わたしたちの祖母
わたしたち兄妹六人の 計 八人が暮らしていた
田舎に居ても 農業をしていなかった一家は
父の収入のみが頼りで
その父が帰って来ない事は わたしたち一家の
収入が途絶える事であった
母は父に何が起こったのか 心配したが
連絡を取る術はなかった
母はある日 意を決して 父に
会いに行く事にした
十日に一度の休日の前日 母は
生まれて間もない末の妹を背負い
四歳だったか 五歳だったかの弟の手を引き
父に会いに行く為に家を出た
交通事情も不便な時代だった
東京へ行くには汽車で行き 途中
千葉駅で乗り換えなければならなかった
母は その乗り換え駅で汽車を降り
ホームを歩いて 上りの電車が出るホームへ
行こうとした その時 父は偶然
下りの田舎へ向かう汽車の中に居て
ホームを歩いて行く母の姿を発見した
父は母に声を掛けた
そこで二人は すれ違う事なく
無事 出会えた この偶然
もし 一分でも あるいは
三十秒でも 父と母の間に 出会う為の
" ずれ " が生じていた時には 二人が
出会う機会は失われていた事だろう
人の動きの激しく 慌しい乗り換え駅 その
ホームでの出来事だ その中から
父はどのようにして 母を見つけ出し得たのか
母はなぜ 父の眼に留まるような場所を歩いていたのか
この偶然 偶然としか言いようのない この
二人の出会いの中には いったい
どんな力が働いていたのだろう 何が
人の往来の激しい駅のホームで
二人を引き合わせる偶然を創り出していたのだろう
わたしには この偶然の持つ不思議を
思わずにはいられない
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海辺の宿(4)
女は編み物の針を動かし続けていた。
男は所在無いままに畳に腹ばいになり、雑誌を開いていた。
女は、今は窓辺に立っている男の声で始めて我に返ったように、編み物に向けていた視線を上げた。
「お散歩 ? ああ、雨が上がったのね」
窓の外に眼を向けて女は言った。
「うん」
二人は眼を合わせなかった。
「あなた、行って来たら。わたしはいいわ」
女は編み物を手から離す時間が惜しそうだった。
「じゃあ、一人で行って来るか」
男はなんのこだわりもないように言った。
「雨上がりのあとの晴れた景色って新鮮でいいわ」
女は早くも編み物に視線を戻していて言った。
男は黙っていた。
「何処へ行くの ?」
編み物から眼を離さずに女が聞いた。
「分からない。その辺を歩いて来る」
「雨でまだ、草が濡れているから気を付けたほうがいいわよ」
「うん」
「秋の午後の陽射しって寂しいものよ」
男は黙っていた。
「わたし、嫌いだわ」
男は不満そうに黙っていた。
女は無言で編み物を続けた。
「じゃあ、行って来る」
と男は言った。
「ええ」
と女は言った。顔を上げて男を見送る事もしなかった。
「あなた、帰らなくていいの ?」
夕食が済んだあと、女が心配そうに聞いた。
「そのうち帰るさ」
男はソファーに掛けて煙草を吹かしていた。
「いつ帰るの ?」
「分からない。明日にでも帰ろう」
三
「下の食堂にいい洋酒のビンが並んでいた。行ってみないか ?」
すでに九時を過ぎていた。宿の門灯も消されていた。葬儀があったせいに違いなかった。宿中がひっそりしていた。
「呑むの ?」
女が聞いた。
「うん。こんな田舎の宿に、あんないい洋酒のビンが並んでいるなんて、珍しいじゃないか」
「でも、まだ、やっているかしら ? お葬式があったりして」
女は相変わらず編み物を手にしていた。
「さっき、前を通ったら明かりが点いていた」
「そう」
女は編み物に眼を落としたまま、気のないように言った。
「きみも付き合えよ。もう一緒に呑む機会もないかも知れない」
「そうね」
女は気の進まない様子だった。
「あとから来いよ。先に行ってるから」
「ええ」
女はやはり気のないように答えた。
食堂にはテーブルが十脚ほど並んでいた。
左手奥にバー形式のカウンターがあった。中の棚には様々な洋酒のビンが並んでいた。
小柄な老人が背中を見せて洗い物をしていた。男が珠すだれをくぐって入る気配に気付いて、老人は振り返った。
「いらっしゃいませ」
老人は静かに言った。
「こんな時間でもよろしいですか」
男は尋ねた。
「はい、どうぞ」
老人は穏やかに言った。
「お葬式などがあったので、どうかと思ったんですけど」
男はカウンターに歩み寄りながら言った。
「はい、大変、御迷惑をお掛けしました」
老人は小さく、ゆっくりと頭を下げた。白い上着に黒の蝶ネクタイ姿だった。どこかに垢抜けした感じがあったが、上着にもネクタイにも時代を経た古色が滲み出ていた。
「亡くなったのは宿の方ですか ?」
男は老人の近く、カウンターの前の丸椅子に腰を下ろしながら聞いた。
「はい、女将さんの妹さんです。長い事、患っていたんですが・・・・」
老人は静かに言った。それから「どうぞ」と言って、男の前に湯気の立つ小さなタオルを置いた。
「ああ、すいません」
男はそれを手元に引き寄せた。
「なにか、呑みますか ? それとも、お食べに ?」
老人はカウンターに両手を置いたままで聞いた。
「呑む方にします」
男はタオルを使いながら言った。
「そうですか」
老人は納得顔のほほ笑みを浮かべた。
「いい洋酒が揃ってますねえ」
男は棚に並んだ様々なビンに視線を走らせながら言った。
「はい、旦那が来ていた頃からの習慣で、ものだけはいいものを揃えています」
老人は得意気に言ってから、
「なにをお呑みになります ?」
と聞いた。
男は日頃から好んでいるウイスキーの銘柄を言ってから、「ロックで下さい」と注文した。
「かしこまりました」
老人はすぐに丸くなった背中を見せて棚に向かった。
「旦那って、この宿のですか ?」
「はい、そうです。亡くなってからもう六年になります」
老人は背中を見せたままで言った。
「この土地の人ではなかったんですか ?」
老人が言った、旦那が来ていた頃・・・という言葉にこだわって男は聞いた。
「はい、東京の方だったんです」
老人は再び振り返って男の前にグラスを置くと、中に氷を入れてウイスキーを注(つ)いだ。
「お邪魔します」
女が珠すだれを分ける音をさせながら入って来た。
「ああ、奥様、いらっしゃいませ」
老人はにこやかな笑顔で迎えた。顔馴染みに向ける眼差しだった。
女はすぐに男のわきの椅子に腰を降ろした。
「お呑みになりますか ?」
老人はすぐ聞いた。
「はい、戴きます」
二人の間でいつも交わされているような遣り取りだった。
「いつもので宜しいですか ?」
「はい」
女は物慣れた口調で答えた。
「いつも呑んでいたの ?」
男は女に聞いた。
「ええ、ときどき」
女に悪びれる様子はなかった。
「奥様は女らしいセンスを持った方です」
と、老人は言った。
「ウワバミですか ?」
「とんでもないことです。とてもセンスの宜しい方です。洋酒の心というものを知っています。わたしも長い事、東京のホテルでバー勤めをしていましたから、多少の知識は持っているつもりです」
「暁ホテルのバーに四十年もいたんですって」
女が言った。
「ほう」
と、男は感心したように言った。「いつ頃までいたんなですか ?」
「もう、辞めて十年以上になります。昔の事ですよ」
老人は過ぎ去った日々への追憶を拒むかのよう、乾いた口調で言った。
「そうですか」
男はなぜか満足気な様子で頷くと、
「この宿の旦那っていうのは、暁ホテル関係の人だったんですか ?」
と聞いた。
「いえ、違います。耐火煉瓦などを造る会社の社長でした。いい人だったんですよ。それで、今でも昔のお仲間が社長を偲ぶようにして来てくれますので、このバーも社長の健在だった頃のままにしてあるんです。もともと、ここは釣り宿だったんですが、釣り好きの社長が買い取って今のような宿にしたんです」
「・・・ああ、もう十時だわ」
女が玄関の広間の大時計がゆっくりと十時を打つのを耳にして言った。
「今夜は女将さんも疲れてしまって、早く自分の部屋へ入ってしまいました」
老人は女の言葉に答えるかのように言った。
「亡くなった妹さんという人は・・・、お幾つぐらいだったんですか ?」
男がウイスキーのグラスを手に、思い付いたように聞いた。
老人はふと、思いも掛けない質問を受けたように、戸惑いの表情を浮かべたが、それでもすぐに、ゆっくりと答えた。
「五十歳をちょっと過ぎていたと思います」
老人はそう言ってから一呼吸置いて、亡くなった人を偲ぶかのように、
「仲のいい姉妹だったんですよ。妹さんは若い頃からの脊髄の病気で、ずっと寝たままでした。それで女将さんが面倒をみていたようなわけでして」
と言った。
「・・・女将さんって言うのは ?」
男は朝方、挨拶に来たとき眼にした、何処か垢抜けした感じの女将さんを思い浮かべながら遠慮がちに聞いた。
「東京の人でした。旦那と知り合って、ここへ来るようになったのだ、と言ってました」
老人はそう言ってから、すぐに言葉を続けた。
「考えてみれば、女将さんも不幸な人なんですよ」
と、言わずもがなの事まで言った。さらに続けて、
「幼い頃に戦争で両親を亡くし、それ以来、ずっと一人で病気の妹さんを守って生きて来たっていうんですから。それこそ、若い時分には妹さんの病院代を稼ぐために、人に後ろ指を差される事のない仕事なら、どんな仕事もして来たって言っていました。それが旦那と知り合って此処へ来るようになって、ようやく落ち着く事が出来たっていう事です。それだけに妹さんも女将さんの苦労は分かっていて、亡くなる時には、お姉さん、長い間有難う、と言って亡くなりました。それが最後の言葉でした」
老人は姉妹の人生を思い遣るかのように、しみじみとした口調で言った。
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桂連様
コメント 有難う御座います
御主人様との御旅行 お羨ましい限りです
なんだか コロナは人の生活を滅茶苦茶に
していますね 全く 困ったものですが
これが人が生きる世界の現実というものなのでは
ないのでしょうか 何事も自分の思い通りには
ゆきません 結局 こつこつ地道に生きる それしか
人に出来る事はないのではないのではないでしょうか
経験する 禅の世界では自分の体で
体得したものしか認めません 直視(じきし) 直感
理論や理屈は禅の世界では通用しません
「一棒を喰らわす」座禅で心が乱れた時打たれる
あの棒 理屈で教えるより 直接 体で教える
まさに修行です
桂連様のおっしゃる通り 地道に修行 稽古をして
経験し 会得する事が 真に「知る」という事に
繋がるのだと思います 理論 理屈はあくまでも
「知識」にしか過ぎません
人の居ない家というものは淋しいものです
本当に二、三日留守にするだけで暗くなってしまいます
庭の落ち葉掃除 いいですね
そんな生活がしてみたいものです
何時もお読み下さいまして 有難う御座います
takeziisan様
有難う御座います
今回もいろいろブログ 拝見させて戴きました
ショーン コネリー亡くなりましたね
ポンド物は見てないのですが 他の作品では
しばしば眼にしていました ポンド役で
イメージが固定してしまう事を嫌がり
降りたという事ですが 後の作品群では
性格俳優として いい演技を見せていました
昭和記念公園のお写真 巣篭もり状態の近頃
すっきりと心が洗われるようです
コスモスの花はわたくしの大好きな花です
お母様の亡くなられた事を読んだ句
わたくしも実際に経験しています事なので
直に 心に響いて来ます 良い句ですね
野菜の収穫 いいですね 見ているだけで
楽しくなります 羨ましいです
その他 いろいろ拝見させて戴いておりますが
余り下らない文章にお引止めするのはと思い
打ち切ります
これからもよいお写真 御文章 お待ちしております
くれぐれもお体はお大切に
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