生きてゆこう(2020.2.11.9日作)
人は どうしてこう 毎日
辛くて 苦しい時の中 時間を
生きているのだろう 苦悩と苦痛 困難
土砂降りの時間の中
生きているのだろう
人が生きるこの世の中 世界は
人 人 人 が 苦痛に耐え 必死に
困難に立ち向かい 生きてゆくのに価する
価値を持っているのだろうか ?
愚かさ 卑劣 傲慢 強欲 無慈悲 無残 残酷
人の心の負が溢れ 渦巻く この星 地球
それでも人は 今日も生きている
生きる心のその奥に 優しさ 労わり 思い遣り
生きる心のその底に 秘かに そっと
そんな思いを 抱(いだ)きながら 遠い未来に
希望を託し 夢を託し 多くの人が 人々が
負の色 暗黒 黒の色に染まった世界
その日々を生きている 必死に 生きている
生きている
遠い未来を夢見て 生きている 生きる事 人は
遠くを見つめるその心 その眼差し
どんなに辛く 苦しい時でも
どんなに暗く 淋しい時でも
その心 その眼差しを 失わない限り 人は
生きて行ける さあ 今日も行こう
たとえ どんなに苦しくとも
たとえ どんなに辛くとも
たとえ どんなに悲しくとも
遠い未来 明日に希望を託し 夢を託して
今日という この 苦しく 辛い時間を乗り越え
明るい明日を夢に見ながら 夢見ながら
今 この時 この瞬間 この苦しい時間の中を
生きて行こう 苦しいのは 君 あなた
一人じゃない 愚劣な世の中 悲惨と悪の溢れる
この世界 皆が皆 苦痛と苦悩の中を生きている
必死に生きている 苦しいのは
君 一人じゃない あなた 一人じゃない
さあ 勇気を出して 力を振り絞って
生きて行こう
涙を拭いて
生きて行こう
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晩秋(1)
" 突然の事情で、帰らなければなりませんでした。弘志さんにお話しする暇もありませんでした。もう、東京へ出る事もないかも知れません。どうか、立派に御自身の道を進んで下さいませ。陰ながら、心よりお祈りしております。いつまでもお元気でいて下さい。
さようなら 秋子 "
この秋子の手紙に弘志は
" 結婚するのですね。多分、そうに違いない。僕があまりに惨めで哀れなので、あなたは直接、僕に話す事が出来なかったのでしょう。でも、いいのです。僕はあなたを恨んだりなどしません。仕方のない事なのですから。あなたが居てくれて僕は幸せだった。どんなに慰められたか知れません。でも、もう終わりです。これから僕は当分、あなたの総てが僕の心の中から消えるまで、空漠の人生を生きるのです。何もありません。空っぽです。張り合いという張り合いが総て失われてしまいました。
さようなら、僕も心からあなたにそう言います。そして、何時までもお元気でと。今の僕には、あなたに何もして上げる事が出来ません。それが残念でなりません。人生は不合理です "
と、書いて寄越した。
秋子が弘志に会ったのは、勤め帰りの電車の中だった。その頃、弘志は夜間高校に通っていた。秋子が東京へ出てから一年程が過ぎた頃だった。
二人は同じ郷里の中学校で同級だった。中学校を卒業すると秋子は世間一般通りに高校へ進んだ。一方、弘志は働くために東京へ出た。
二人の邂逅は五年ぶりだった。
弘志はすっかり変わっていた。中学生時代は丸顔のふっくらした、陽気で茶目っ気のある少年だった。それが五年ぶりの邂逅で見る弘志は、何処かに暗い影を宿した、常に何かを思い詰めているような無口な青年に変わっていた。
無理もなかった。その頃の彼には、東京という大都会で一人で生きてゆくという重荷が、全身に圧し掛かっていたのだった。
彼の家族は戦争でことごとく亡くなった。父はシンガポールで戦死し、母とまだ幼かった弟妹は東京大空襲の夜に、家もろとも焼け死んでいた。母方の祖母の家に疎開していた彼だけが生き残った。
少年の頃はそれでも、叔父夫婦や祖母の愛情に育まれて何不自由のない毎日を過ごしていた。しかし、祖母が亡くなり、学校生活を終えて世間に出ると、世の荒波はもろに少年の小さな肩に掛かって来た。
中学生時代を弘志は優秀な成績で終えていた。高校、大学と目指して当然の頭脳を持っていたが、極一般的な農家で七人の子供のいる叔父夫婦の下では、無理の言える立場ではなかった。叔父夫婦はせめて高校までは、と言ってくれたが、弘志は自身納得の上での東京生活を始めていた。
東京での就職先は学校で紹介してくれた玩具問屋だった。夜間高校へ通うようになったのは、翌年からだった。
秋子との間は三年と少しだった。
自らの力だけが頼りの弘志は高校を卒業すると大学へ進んだ。二人の会う時間はそれでも保てた。
弘志は大学へ通う傍ら、家庭教師などのアルバイトを掛け持ちし、生計を立てていた。二人の会う時間は必然的に、週に一度、或いは二週に一度というように限られた。それでも会えばお互い心が弾んで、喫茶店などでの取りとめのない会話で時間が過ぎた。
弘志は何時からか、自分の内面の鬱屈するものを表現したいんだ、と言って、文学の道を志すようになっていた。
秋子にはだが、それが、何処か遠いところの物事のような気がして、興味を持って聞きながらも、深く入り込んでゆく事は出来なかった。
それでもなお二人の間には、幼い頃から育まれて来た強い信頼感のようなものが存在していて、それの崩れる事はなく、会えば心が満たされた。
そんな二人の間に影を落として来たのが時間の経過だった。
当然の事のように秋子の身の上に降りかかって来たのが年齢の問題だった。
当時、秋子は伯母の家に厄介になっていて、話しはそのお膝元、伯母の口から出て来た。
「秋ちゃん、あなたどう、お見合いしてみる気はない ?」
秋子自身は今まで考えてもみなかった事だった。突然の伯母の申し出に秋子は戸惑うのと共に、これまで弘志と過ごして来た時間の中で自分が何時までも中学生時代のままでいる自分に気付いた。
秋子も東京へ出て来てから既に四年が過ぎていた。まもなく二十四歳になろうという年齢だった。なんとなく気乗り薄な気持ちで聞いて、その見合い話しは断っていたが、正月に田舎へ帰ると今度は父が、
「何時までも伯母さんの所に厄介になっている訳にもゆかないだろう。何時かは結婚しなければならないんだし、こっちへ帰って来て、その準備をする気はないのか」
と聞いて来た。
秋子はその時、淋しい自分の心の裡を自覚した。
正月三が日が終わると秋子はまた、東京へ戻った。
弘志は田舎へも帰らなかった。一人で東京で過ごしていた。
そのあと、最初に弘志に会った時、既に秋子の心の裡には微かな変化が生じていた。秋子はだが、弘志には何も話さなかった。
秋子が郷里へ帰ったのは、それから半年後だった。弘志には一言も胸の裡を明かさなかった。弘志が書いて来たように、結婚の目的があっての事てはなかった。ただ、何かの均衡が秋子の胸の裡で崩れていた。それが何なのかは、秋子には分からなかった。ただ、弘志が限りなく遠くに感じられた。
秋子は実家へ戻ると、正月に帰った時には父の話しに反発に近い感情を抱いていたはずだったのに、自分から進んで結婚の為の準備を始めた。東京の伯母の元で勤めの間に全う出来なかった華や洋裁、和裁、編み物、料理などの習い事を新たに始めた。地方都市の静かな田舎町でひっそりと生きてゆく自分に秋子は満足を見出していた。
それからほぼ一年後、初めての結婚話しが持ち上がった。相手は駅のある町で材木問屋を営む、裕福な家の三男坊だった。近くの中学校の教師をしていて、東京の大学にいた時分には可なり名の通ったサッカー選手だったという事だった。それがある実業団チームに入団して一年目に怪我をして、サッカー選手としての再起の望みを断たれた時、きれいさっぱりと諦め、郷里へ帰って中学校の教師になったとの事であった。秋子よりは四歳年上だった。まだ足に多少の怪我の後遺症があって、軽く引き摺るような所があったが、見た眼にも気にならなかった。秋子は勧められるままに、駅に近い町の料亭で見合いをした。
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桂蓮様
度重なるコメント、有難う御座います
かなり、御苦労なされた御様子ですが、
でも、過去は過去、現在の私はこうして今、
生きている。これが私自身の今現在の姿、
今が良ければ総て良し、過去は再び戻らない。
そう割り切って生きてゆくより
仕方がないのではないでしょうか。
幸い、現在の桂蓮様は御主人様とのお仲も
羨ましい程にお宜しいご様子で、どうか、今の
御幸せを大切になさって下さいませ。
今が良ければ総て良し、過去の苦労は、
現在の幸福を築くための下作業だったのだ、
そう思えば過去の苦労も無駄には思えなく
なるのではないでしょうか。禅にも
「即今」という言葉があります。今が総て
過去、未来、関係なし。今が総て。
何時も愚にも付かない文章にお眼をお通し戴き
有難う御座います
今回のブログも好いですね。
今の世の中、何事も広告宣伝なしでは
成立しないようです。それならそれで、
自分自身をしっかりと確立して対処する。
それ以外、ないようです。
お写真の滝、いい滝ですね。
気持ちがすっきりします。
takeziisan様
コメント、有難う御座います。
読書好きのtakeziisan様に
そう仰って戴きますと、
張り合いも一入です。
「海辺の宿」では、九十九里浜への
限りない郷愁と共に、人間の生きる事の
寂しさのようなものを書いてみたいと思いました。
もし、それが少しでも、お伝え出来ていれば
幸いなのですが。
ブログに溢れる数々のお写真、いつも楽しくわくわく
する気持ちで拝見させて戴いております。
どのお写真も、色彩の美しさに魅了されます。
これからも季節ごとの美しい景色の拝見出来ます
事を期待しておりますが、どうぞ、御無理のない
範囲でお願い致します。
野菜の植え付け、収穫、なんだかだと仰りながら、
文字の上からわくわくしている御様子が伝わって来ます
羨ましい限りです。
有難う御座いました。
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