雑感五題(2021.3~4月作)
1 一流のスポーツ選手の闘う姿が美しいのは
能力の限界と思われるところで
人間の思いもかけない姿を見せてくれるからだ
真の美は 想像を超えたところに出現する
2 野球は傑出した一人の投手 あるいは一人の打者によって
試合が決定される場面が多いが サッカーは
組み立てられた組織力によって試合を決定する
傑出した一人の選手だけで決定するのは難しい
その点でサッカーは戦争に似ている
一人の指揮官の下 統一した組織が動くーー戦場に於ける
兵士の動きを連想させる
サッカーに世界中の 人々が熱狂する裏には
人間の戦争好きに相通じるものがあるのかも知れない
サッカーの試合がしばしば 国の威信を賭けた応援合戦になるのは
そのために違いない
3 未来は約束されたものではなく
予測されるだけのものだ
4 破壊 浸蝕というものは極めて稀な場合を除いて常に
最初は何食わぬ顔でやって来て ある瞬間ふと
鋭い牙をむいて襲い掛かって来るものだ
5 あなたには見えるだろうか
あなたには感じられるだろうか
遠い水平線 あるいは地平線の彼方の何処かで
黒い不気味な雲が密かに生まれている気配が
あなたは あなた自身の幸せのために
あなた自身の人生を生きるために
しっかりと見定め 感じ取らなければならない
人生は短い
後悔しているうちに終わってしまう人生を生きないためにも
何処かで生まれている密かな気配を見逃してはならない
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化(あだしの)野 (3)
この囲炉裏の火が、闇の中ではあんなにもはっきりと見えたのだろうか ?
不思議な気がした。
女は膝丈の紺がすりの着物から出ている、白い素足に履いた草履を脱ぐと座敷へ上がった。
そのまま部屋の隅へいって古びた大きな木箱からくすんだ茶色の小さな包みを取り出して来た。
囲炉裏のそばへ膝を折って座ると、
「どうぞ、お上がり下さい。今、すぐに薬をつくりますから」
と言って、猟銃を肩に掛け、傷付いた腕を押さえたままで土間に立っているわたしを見た。
わたしはこの時はじめて女の顔を正面から見て、その美貌に眼を見張った。
陶器のような白い肌をした細面の顔立ちだった。その中で一際眼を引く澄んだ眼差しがわたしに向けられていた。まだ三十歳にはならないのでは、と思われた。
背中の中ほどまで垂らした黒い髪がうしろで一つに束ねられていた。
女はすぐに包みを解いて丸い小さな木の容器を取り出した。
蓋を開けると中に黒い粉末が入っていた。
「薬草を蒸し焼きにしたものです」
と女は言った。
それを少しだけ手のひらに取り分けると別の茶碗型の容器に移して、囲炉裏の上の自在鉤に掛かった鉄瓶の中の煮えたぎった湯を入れて溶いた。
女に勧められるままにジャンパーを脱ぎ、セーターを脱いで、シャッ一枚になって見る腕の傷は、肉がえぐられ、白い脂肪肉が露出していた。六、七センチほどの傷口だった。
女はまだ、湯気の立つ薬が冷めるのを待ってから、傷口の乾いた血をぬるま湯で洗いおとし、その上に直接、小さな竹の箆(へら)で薬を塗り始めた。
「滲みませんか ?」
わたしの顔を見て女は気遣うように言った。
「いえ、大丈夫です」
微かに温かみを残す薬はむしろ傷口に心地よかった。
薬を塗った後は大人の手ほどの大きさの乾燥させた何かの葉で覆った。粘着く薬でその葉はすぐに傷口に密着した。
「こうして置けば大丈夫です。朝になれば痛みも取れて、傷口も乾いていると思います」
女はそう言ってからわたしの傍を離れた。
わたしは礼を言い、セーターとジャンパーを着た。
囲炉裏に燃える火が暖かかった。昼間の行動による疲れからか、腕の傷による体力の消耗からか、自然に瞼が閉じそうになった。
「食事は・・・、お済みになりましたか ?」
女は薬を元の場所にもどして来ると言った。--女の他に家の中には人の気配を感じさせるものが何もなかった。それに気付くとわたしは、こんな深い杉林の中に年若い女がたった一人でいるのだろうか、と不思議に思った。
「いえ、まだです。何しろ、明るいうちに宿へ帰るつもりでいたものですから」
わたしはその疑問は口にせずに女の問い掛けに答えた。--草深い林の闇に明かりを見た時、まず、わたしの頭に浮かんだのは、狩猟小屋か炭焼き小屋に違いない、という思いだった。当然ながらにそこには、ある程度、年を重ねた男の姿があった。
「食事と言っても、こんな処ですから何もないんですけど、何かお食べになりませんか。わたしもちょうど食べようと思っていたところなので」
女の後ろ、部屋の隅には煤で黒くなった鉄鍋が置いてあった。
わたしはだが、この時、女の問い掛けとはまったく別に、なぜか狩猟仲間の三人を思い浮かべていた。
仲間達は今頃、夜になっても帰らないわたしを心配して、大騒ぎをしているに違いない。
わたしが帰っていれば宿ではこの時間、今日の狩猟の自慢話に花を咲かせ、獲物の鍋を囲んでの酒の席が賑わっているはずだった。もっとも、わたしは今日、あの雄キジに出会うまで獲物は何一つなかったのだが。
それでわたしは空腹による食事への誘惑より、仲間達への思いに強く引き摺られて、出来るなら今からでも宿へ帰りたい、と考えた。
「有難う御座います。でも、仲間達が心配していると思いますので、やっぱり、これから帰ってみようかと思います」
と改めて言って、宿へ帰る方角を聞こうとした。
すると女は、
「これから村へ帰るのは大変です。明日の朝になってからお帰りになった方が宜しいですよ。暗闇の中でこの林を出るのは容易な事ではありません」
と言った。林を知り尽くした人が持つ実感がこもっていた。
「帰るのは無理でしょうか ?」
わたしは女の確かな口振りに心細さを抱きながら訊ねた。
「無理な事はないと思いますけど、でも、馴れない人にはなかなか歩き切れないのでは・・・・」
と女は、さらに曖昧な口振りで言った。
その曖昧さが一層の困難さを想像させて、わたしの意欲は一段とそがれた。
結局、わたしは、まだ宿へ帰る事に未練を残しながらも、女の言葉に従うより仕方がないのではないか、と考えるようになっていた。
女はその間に早くも囲炉裏の傍を立って食事の支度に掛かっていた。
部屋の隅にあった鉄鍋が囲炉裏の上の自在鉤に掛けられた。続いて、何かの小枝で編まれた食器入れから木製の椀が取り出された。
そんな中にあって囲炉裏の火が一段と、疲労と傷の痛みに打ちひしがれたわたしの肉体と心を慰めてくれていた。わたしはふと、夢見る思いのうちに、このまま、ここに横になって眠る事が出来たら、と考えた。
囲炉裏の上の自在鉤に掛けられた鍋からは早くも白い湯気が立ち始めていた。
女はそれに気付くと鍋の蓋を取った。
中には山菜と思われるものの入った粥があった。
女は手製の杓子で鍋の中をかき回し確認するとすぐに用意をした椀を手にして盛り始めた。
「こんな所なので何もありませんが」
女は恥らうように言って、根菜らしい白い漬物の入った容器と共にわたしの前へその椀を差し出した。
「とんでもない事です。腕に怪我はするし、辺りの状況は分からないしで、今夜はこの林の中で闇に包まれて眠らなければならないのかと思って、困惑していたところです。こんなに親切にして戴いて本当に助かります」
わたしは心底、その思いを強くしながら素直に礼を言った。
女はだが、それが特別な事ではないかのように、
「なによりも明日になれば、村へ帰るのにも楽ですし、その間には傷の痛みも取れていると思いますから、今夜はゆっくりとお休みになった方が宜しいですよ」
と、再び、親切に言ってくれた。
食事のあと、女とわたしは囲炉裏を挟んで向き合った。
小屋の中には時折り爆(は)ぜる火の音と、杉林の中の丈高いススキを揺らして過ぎる風の音のほかには、聞こえるものは何もなかった。
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takeziisan様
コメント 有難う御座います
今回もブログ 楽しませて戴きました
がび鳥 初めて聞くように思いますが
このさえずりには笑ってしまいました
まるで何かに話しかけているようで
返事をしてしまいたくなりそうです
楽しませて戴きました
菅原洋一 この頃は歌を自分のものにしています
前にも書きましたが 音をはずす菅原洋一には
しみじみ 人に取っての年齢というものを意識
せずにはいられません
イチゴ安泰 まずはおめでとう御座います
それにしてもまた 無駄な気苦労が一つ増えましたね
中学生日記 何時も書くようですが そのまま
わたくしの思い出に繋がります 懐かしさが滲みます
わたくしもそのうち 中学生時代のものを纏めたいと
思っています
「シェーン」あの少年がいいですね
シェーンの去って行く先に見える墓地のような影
あれは流れ者 シェーンのこれから先を
暗示しているのでしょうか 少年を演じた
俳優も亡くなったと記憶していますが
コロナ 何時 終わるのでしょうか
うんざりです
「化野」 キジの美しさから連想した物語を
書いてみたいと思いました 概要は出来ていますが
何処へ辿り着きますか・・・
御期待に添えるようなものになるとよいなとは
思いますが
何時も有難う御座います
桂蓮様
有難う御座います
新作が見当たりませんでしたので
旧作「旅の支度」を拝見させて戴きました
再読に耐え得るのはやはり
文章の力のせいでしょうか
この表現は英語では と思いながら読むのも
楽しいです
冒頭の御主人様とのお写真 飛騨の辺りでしょうか
思わず笑顔が洩れます いいお写真ですね
たびたび御主人様のお写真をお載せになる
きっと仲睦まじいのだな などと想像しております
この御文章の結末 旅行も坐禅も
行(おこな)ってみなければ分からない
思い掛けない結論ですが
まさしく禅の境地です 知るという事は理屈ではない
その一言ですね
誰も教えてくれなかったのでしたが、
たまささまの分析に
目からうろこ、でした。
なるほどーそういうことかあと。
納得✖納得でした。
うちの夫、最近野球試合が再開されているので、テレビを観ながら
叫んで、やじっています。
なぜ、野球が好きなの?ときいたことありましたが、
人生そのものだ、としか返ってこなかったでしたね。
ところで、言及なさったあの時の写真
日光に行った時のものです。
因みに、昔の英語訳
あまり参考になれないかと思います。
間違いだらけで、直訳ばかりですが、
恥ずかしくてもそのまま直さずに放置しているのは
自分の歩み、だからですかね。
英語も日本語も
角が取れているか否か、なにやら
この頃、筋肉学にのめり込んでいて
自分のブログも2週間ほど放置してました。
アクセスはゼロで
順位も過去最低に落ちてましたね。
そんなもんですかね。
書きたいことは山々ありましたが、
読みたい本がもっとあって、
でもここは来てました。
おニュウー(New)があるかなとチェックしに、
ホホホー
まあ、たまささまも辛口のコメント返し、できますね。
(きっぱりその後は無いと断定された箇所から)
甘口しかしないかなと思ってましたが、
そうでないと知って、ほっとしてました。
因みに、私は毒舌、辛舌系が好みです。
削除するかと悩ませるぎりぎりまでのラインも毒薬的で
ある意味、面白いですよね。
とにかく、新シリーズ、品がよくて
面白いです。
ところでうちの夫、私と6歳違いだけなんですが、年の差があるように見えますよね。
私が実の歳より若くみえるのは
元々童顔だからです。
1966年生まれだから
私と同じ年の友たちは随分老けて見える人が多いです。
60代までもうすぐですが、
今やっているプロジェクトがあって
50代に昔の体重に戻り
健康のトラブルも治して
よりよい年のとり方をする予定です。
でもまあ、Hasunohana1966からでも
年齢は感ずけますよね。
私は年を隠す人の心理がよく分からないです。
隠してもしょうがないのに、
因みに夫の兄たちは夫より若く見えます。
一番末っ子なのに、長男みたいで
兄弟の中で一番老けて見えるのです。
なんだか、ふしぎです。
夫、若い頃野球してて
ボールが脊椎にあたり
腰痛持ちなのに、ストレッチングもしないし、
運動もしたがらないです。
いつかつきがまわってくるかと。
ところで今度の土曜に最後のワクチンです。たまささまはワクチン済みましたか?