僕の前には小太りの三十歳代の女性。
その女性が、少々不自然な形で左斜め後方の吊り革に手をやる。
その腕が僕の顔をかすめていく。
後ろにいる僕は、もう少し後ろに下がざるをえない。
揺れる電車に対応して用心しているのだろう。
時々、女性は自分が摑まる吊り革の方を見る。
流し目になった女性の目は、斜め後ろまでを自分の視界に入れようとしているかのようでもある。
――うむ。……僕は何もしていないよ。
濡れ衣は怖いから、さらに距離を空け、小説に目をやる。
しばらくしてまた、その女性、同じ動作をする。
そこで、僕は妙なことに気づく。
その吊り革を掴む女性の腕を見た。
何の変哲もないくびれの少ない太目の腕。
そこには、ブレスレットと腕時計…………。
……………………………………………………
あ、はーん、なるほど。
見て欲しかった? 見ている人がいるかどうか確かめたかった? んだろう。
可哀相だから、しかと見て、目を丸くしてあげて、感嘆の表情を浮かべてあげた。
時計には、BVLGARI 。