1980年代初頭の映画界の状況を反映
この映画、製作前は黒澤明監督が『赤ひげ』(65)以来の時代劇を撮るということで大きな話題となりました。
戦国武将・武田信玄(仲代達矢)の影武者となった盗人(仲代二役)が、奇妙な才覚を発揮して敵も味方も欺いていく姿を描きます。観客はダイナミックな合戦シーンを期待しましたが、黒澤は合戦シーンを正面からは描かず、人間ドラマの方に重きを置きました。
当時、すでに70歳を迎えた黒澤に、かつての『七人の侍』(54)や『隠し砦の三悪人』(58)のような大活劇を望むこと自体が無理な相談なのですが、黒澤自身はこの映画を、次回作となった『乱』(85)への序章、ステップと考えていたところもあったようです。
この映画は、主演が勝新太郎から仲代に交代したほか、脚本の橋本忍、撮影の宮川一夫、音楽の佐藤勝が相次いで途中降板するという不幸に見舞われました。そうしたことに対する黒澤の焦りや苛立ちが、この映画に暗い影を落としています。
また、主役以外の俳優をオーディションで選び、当時のハリウッドを席巻していたフランシス・フォード・コッポラとジョージ・ルーカスが製作に協力し、カンヌ映画祭でグランプリを受賞するなど、映画本編以外のところでも多くの話題を提供しました。
そんなこの映画は、時代劇でありながら、1970年代末から80年代初頭にかけての映画界の状況や、関係者それぞれの立場を内包し、反映しているとも言えます。映画は作られた際の時代を映す鏡であることがよく分かります。