『男はつらいよ 寅次郎心の旅路』(89)(1989.8.12.丸の内松竹 併映は森崎東の『夢見通りの人々』)
公開前は、「男はつらいよ」シリーズ41作目にして初の海外ロケ、という派手な宣伝を展開させたが、この映画を見ると「何のためにわざわざ寅さんをウィーンまで行かせたのか?」という疑問が残った。
本来なら、柄本明扮するノイローゼ男のウィーンへの溶け込み方と同様のものが寅さんにあってこそ、はじめて「ウィーンでの車寅次郎」が生きてくるはずなのに、そのほとんどがホテルの中で展開するのでは面白くない。もともと車寅次郎というキャラクターは、どんな状況下や場所でも、実にすんなりとそこにはまってしまう、という不思議な存在であるところに魅力があったはずなのだ。
だから今回も、ウィーンでも平気で商売をしてしまう寅さん、あるいはキザな貴族や嫌味な伝統を笑い飛ばすような、痛快な寅さんの姿を想像したのだが、それはかなわず、竹下景子演じるウィーン在住のマドンナに「寅さんは故郷の塊」と言わせるだけで終わってしまっては、やはり期待外れと言わねばなるまい。最大の見せ場は、寅さんがドナウ川を見ながら歌う「大利根月夜」であった(渥美清の名調子!)。
もちろん、そこにはウィーン市への配慮もあったのだろうが、何と言っても寅さん=渥美清が、見た目にも疲れている様子がうかがえることが“動かない寅さん”の最たる原因だろう。最近は、日本を回るだけでもつらそうな彼を、外国にまで連れていったのだから、最初からこれには無理があったのである。