硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  35

2013-08-12 20:05:08 | 日記
「でもね。私の周りには、さっき雫が言ってたように「ズル」を上手く楽しんでいる人もいるわ。そういう人は「浮気されたんだからあなたもしちゃえば」ってためらいなく言うけれど、そう言い切れるのは、その人が浮気を悪い事だと思っていないからなのね。でも、それは価値観の違いだし、衝動は抑えられないものだから、悪い事だって言い切れないって思う自分もいるから複雑なのよね。だからと言って誰もがそのような価値観を持ちだしたらもう無茶苦茶になってしまうかもしれない。」

夕子の言った通り衝動は抑えられないものかもしれない。もし人が自力で衝動を抑える事が出来たなら、宗教は存在しないのではないかとも思った。

「もっと、シンプルに判断できれば楽なのにね・・・。」夕子はそう言って、ため息を吐いた。

「夕子は大人だね。私はほんとうに幼いなって思っちゃうよ。」

「ぜんぜん幼くないよ・・・。むしろ私の方が幼いかもしれない。」

「そんなことない。」

「そうかなあ。」

「そうだよ。私が保証するよ。」

「ありがとう。それは心強い。」

そう言って微笑んだ夕子は突然、「おなか減ったわね。何か食べようよ。」といって、メニューを開いた。緊張が続いた会話だったから、そう言われてお腹が空いていた事に気づいた。私は「何かおいしいものをたくさん食べていこうよ。」というと、「いいね。そうしよう。」と賛同してくれた。

食事をしながらたわいのない会話が続いた。夕子の高校大学時代の波乱万丈記は私の興味をかきたてるほどに面白かった。私も負けじとぐずぐずした学生時代の話を聴かせたら、夕子から「雫らしいわねぇ」という相槌を何度も聴くこととなった。

午前中に入ったファミレスは正午くらいには満席になり一時を過ぎたあたりから急に人影がまばらになった。気がつくともう4時間くらい話し続けていた。それは離れていた長い時間を互いに埋めるように続いていたけれど、夕子の携帯に「いつまで油売ってるの。早く帰ってきなさい。」と、お母さんからメールが届いてお開きとなった。その文面を私に見せて、「もうアラサーなのに、まだ子供扱いよ。」と言って笑った。

私と夕子はメールアドレスを交換し、またの再会を約束した。食事の支払いは「今日誘ったのは私だから此処は私が持つよ。」と、言ってさっと支払いを済ませてしまった。
最後まですべてにおいてスマートでかっこいい女性であった。
再び夕子の赤い車に乗ってスーパーの駐車場まで送ってもらい、そこで別れた。私は夕子の車が見えなくなるまで手を振り続けた。