硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  49

2013-08-26 16:51:25 | 日記
牧師さんは、スッと隣の席に腰をかけ、聖餐台の後ろに飾られている西さんの写真を見つめた。その写真は綺麗な花々と共に私達に微笑みかけているようにも見えた。

「ありがとうございます。」

「西氏が医師だってことはご存じですね。」

「はい。」

「彼は長い間、人の死について葛藤がありました。救える命と救えない命があるのはなぜかと。また、当事者ではない誰かの望みによって、救ってはいけない命と、救わなければならない命が存在するという矛盾も彼を苦しめていました。でも、西氏はその矛盾から逃げ出さず、真摯に受け止め、時には祈り、時には赦しを乞い、すべての苦しみを神の御手にゆだねていらっしゃいました。」

「はい。」

「彼の働きは本当に神のみ心に適ったものでした。早くに奥さんを亡くされ、激務が続く仕事、子育てにと、苦難の道を歩まれながらも、教会の修繕に力を貸してくださったり、隣に幼稚園があったでしょう。それも西氏の協力なくしては実現できなかったものなのですよ。」

他を利する為に我は神によって生かされている。それが西さんの生き方であった事を私は知ることとなった。とても偉大な人であったのに、私は事あるごとに愚痴をこぼしに行っていた。今思うと、とても未熟な事をしていたんだなと恥ずかしい気持ちになった。

「私、西さんには事あるごとに愚痴を聞いてもらっていたんです。そんなに偉大な方だったなんて知る由もなくて・・・。とても失礼な事をしていたんだなと思うと、少し恥ずかしい想いがします。」

「雫さん。それは違いますよ。」

「えっ。」

「むしろ、西氏は喜んでいたのではないでしょうか。医師という立場を退いてからも誰かの役に立つことが出来る事の喜びを。」

私は思った。西さんと言う人物は限りなく純粋な心の持ち主であったのだと。

「・・・西さんは敬虔な信仰者だったのですね。」

「はい。彼は沢山の人を救い導いたと思いますよ。」

「お話して頂きありがとうございます。」

「どういたしまして。」

牧師さんは、そう言うと軽く会釈をして席を立とうとした。その時、私はすがるような気持ちで衝動的に牧師さんを呼び止め、私の今の苦しみを吐露してしまおうと思った。